北朝鮮の金正恩党委員長は昨年末から、泣く子も黙る存在だった国家保衛省(秘密警察)の絶大な権力を削ぎ落とそうとしている。
専横と職権乱用を咎めて金元弘(キム・ウォノン)国家保衛相を解任、複数の幹部を処刑した上で、省全体に対して「職権を乱用して金儲けをするな」、「住民に対する暴行、拷問などの人権侵害をやめよ」などといった指示を出した。
それ以降、保衛員の態度が一変したとの情報が相次いで報告されているが、さらに彼らに追い打ちをかけるような指示が中央から下された。
咸鏡南道(ハムギョンナムド)のデイリーNK内部情報筋によると、最近になって国家保衛省に対して下された指示は次のようなものだ。
「住民統制と取り締まりが、労働党の意図とは全く関係なく行われている」
「もし(相手が)武器や爆発物を持っていたとしても、同意なしに勝手に家宅捜索を行うことは、党と大衆を離間させる行為だ」
この「同意」が法的な手続きを指すのか、家宅捜索の対象となる人の意思を指すのかは不明だが、いずれにせよ、保衛員は家宅捜索を好き勝手にできなくなってしまった。
このような指示は、先月、両江道(リャンガンド)の金正淑(キムジョンスク)郡で起きた事件により、悪化した世論を鎮めるためのものと思われる。
この事件は、携帯電話で中国にいる人と通話を行っていた女性の家に、保衛員が令状なしに窓を割って踏み込んだが、それに逆上した女性が包丁を振り回して抵抗したというものだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面保衛員は、違法行為をワイロでもみ消し私腹を肥やすことを「生業」としているが、そのチャンスがなくなったことに腹を立てて、無断で家に押し入り、女性を連行した上でひどい拷問にかけた。この事件の顛末が口コミで各地に広がり、保衛省を含む政府全体への世論がさらに悪化したようだ。
一方で、朝鮮半島情勢の緊張を受け、北朝鮮国内では徐々に「戦争が起きるのではないか」「中国が石油供給を止めるのではないか」という噂が拡散しつつある。上記のような指示を出すことで、国内に動揺が広がることを未然に防ぎ、結束を高める意図もあると思われる。
自分たちの手足を縛る指示や命令が相次ぎ、保衛員たちはしょげ返っている。お上が世論を鎮めるために自分たちの権限を奪っている、自分たちは命令どおりに動いただけなのに反党反革命分子扱いされているなどと感じ、金正恩氏に対する忠誠心も下がりつつあるという。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面幹部の一部からはこんな声が上がっている。
「目立たないように静かに、程々に生きよう」
「忠誠しなくても粛清、忠誠の度が過ぎても粛清。こんな状態で誰が金正恩氏の隣にいようとするだろうか」
保衛員は、立場が弱くなっただけにとどまらず、命の危険にさらされるかもしれない。北朝鮮では以前から、恨みを買った保衛員や保安員(警察官)が殺される事件が相次いでいるからだ。
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