上官の暴力に耐えかねた朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士が、脱北して上官が処罰されるよう仕向けるという大胆な復讐劇に及んだ。

どこの国でも閉鎖的な軍隊内ではイジメの類が横行しているが、北朝鮮もまた例外ではない。

両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、事件が起きたのは、道内に駐屯する朝鮮人民軍第10軍団のある部隊だ。

入隊から2年ほどのこの兵士は、「自由主義ばかりしている」との理由で上官から暴力を振るわれ続けてきた。北朝鮮の辞書によると、自由主義とは「自分勝手に行動する態度」のことを言う。この兵士に規律の面で問題があったのかもしれないが、具体的な事実について情報筋は言及していない。

朝鮮人民軍の内部では、「革命的同志愛」「上下一致」「官兵一致」といったスローガンが叫ばれているが、この兵士は「面従腹背」して「臥薪嘗胆」の思いを心に秘めていたのだろう。

この兵士がことに及んだのは今月12日のことだった。詳細は不明だが、脱北し中国に向かった。行方は未だにわかっていない。

部下が脱北したとなると、その上官は責任を問われ、重い処罰を免れない。その上、今回のケースはタイミングが最悪だった。15日の太陽節(金日成主席の生誕記念日)を控え、「事件事故は一件たりとも許してはならない」とされる特別警戒週間の最中だったからだ。脱北した兵士はまず間違いなく、意図的にこのタイミングを選んだのだろう。

金正恩政権に入ってから、軍では下級兵士の軍紀を正す目的で、統制が強化されるようになったとされる。それに伴い、上官が部下に暴力を振るう事態も多発するようになった。軍には不服従問題が蔓延しており、士気はダダ下がりだ。特に冬期訓練が終わる春先は士気が大きく緩む。

情報筋は、今回の脱北の背景には世界で最も長い兵役(男性12年、女性7年)と、極めて劣悪な食糧事情があると説明する。

北朝鮮では、民間人の食糧事情は好転しているが、協同農場の収穫物に頼っている兵士の食糧事情は、配給システムの崩壊や配給担当者の横領・横流しのせいで劣悪な状態から抜け出せていない。

兵士が畑を耕したり山菜やきのこを取りに行ったりすることも当たり前のように行われている。問題の兵士は、空腹と上官からの暴力にあと10年耐えなければならないと考えて絶望し、脱北に踏み切ったのだろう。

同様の事件は他にも起きている。3月にも、上官の暴力に耐えかねた兵士6人が脱北する事件が発生した。また、中朝国境地帯の中国側では、脱北した兵士による凶悪事件が多発している。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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