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金正日体制の崩壊後、北朝鮮の’中国属国化’の可能性は非常に低い。

だが、この論争は比較的複雑なものであるため、何種類かの主張を付け加えて、その根拠を裏付けようと思う。

第1に、北朝鮮を親中的な方向に追いやる動力の中で最も注目するに値するのは、アメリカや韓国に対する北朝鮮の人々の恐怖感だ。労働党の幹部、軍の幹部だけでなく、下級の国家保衛部員、下級の安全員、甚だしくは下級の軍人までもが、アメリカや韓国が支配的な地位についた時、自分たちが処罰されないか恐れている。これは現実だ。

金正日が死んだり、失権した状態で北朝鮮の内部の力量だけで、これ以上の体制保全は難しいという時、北朝鮮の支配階級が中国に頼ろうと思う可能性は非常に高い。だが、このような恐怖は虚像に基づいている。アメリカは客観的な第3者で、韓国も極少数の人を除けば客観的な第3者だ。

アメリカや韓国は北朝鮮に入って行って、広範囲に渡って処罰をする意思もなく、そのような可能性もほとんどない。アメリカと韓国が一定の役割を果たさなければならない状況になったら、北朝鮮の住民の怒りをなぐさめるなどの政治的必要性のために、極少数の高位層と反人倫的な犯罪をした極少数の悪どくな人の処罰で終わるだろう。

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北の崩壊後の’軍隊派遣権’は複雑な問題

第2に、北朝鮮体制が崩壊したり、内戦が起こった時、どの国が合法的な軍隊派遣権を持っているかということは、かなり複雑な問題だ。大韓民国の憲法上、北朝鮮は韓国の領土だから、韓国軍を派遣することは国内法上可能だ。しかし、それは国内法に過ぎない。国際的効力があるわけではない。

反対に、朝鮮民主主義人民共和国憲法に照らして見たら、韓国軍は’国内反乱軍’にあたる。’国内反乱軍’が国内で移動して攻撃することは国際法に抵触することではない。これも韓国憲法よりはもう少し考慮の対象になる可能性があるかも知れないが、国際法的拘束力があるわけではない。あくまでも北朝鮮の国内法に過ぎない。

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しかし中国は少し異なる。中国は’中朝友好協力及び相互援助条約’によって、北朝鮮に軍隊を派遣するのが比較的自由だ。かつて、米州条約に基づいて、アメリカが中南米の国家の国内問題に軍隊を派遣したのと同じだ。

第3に、アメリカが何らかの名分を持って北朝鮮を攻撃した時、国連が国際法的正当性を用意する可能性もあるが、現在の国連の雰囲気を見ると容易なことではない。

米軍が混乱状態に陷った北朝鮮に軍隊を派遣する場合、問題はもっと複雑になる。米軍が北朝鮮の混乱状態に軍隊を派遣する名分は、韓国の同盟国ということ、北朝鮮と停戦状態にある当事者ということ、世界の警察という地位、北朝鮮内部の犠牲を減らすための人道的派遣などがある。しかし、この中で確実な名分は一つもない。

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アメリカが韓国の同盟国として、北朝鮮を自分の領土に規定している韓国とともに北朝鮮に介入するという名分は、国際的に充分認められることではない。韓国がどのような態度に出るかも不確実だ。

北朝鮮と停戦協定を結んだ当事者は米軍ではなく国連軍だ。世界の警察としてのアメリカの地位を明示上認める国も多くない。人道主義のレベルで介入することも、普通人命被害が非常に大きくなった後に可能な場合が大部分であり、それも複雑な過程を経なければならない。

北の住民、民族主義が強く’属国’は困難

第4に、北朝鮮の住民は民族主義の性向が非常に強い。1945年に日本が負けた直後に大きく高揚した反日民族主義性向を、北朝鮮はずっと反米民族主義として続け、それは朝鮮戦争を経て極大化された。北朝鮮の住民の強い民族主義は、中国の属国化の決定的な防御要素として作用するだろう。更に、韓国の民族主義も北朝鮮の属国化を阻む重要な防御要素だ。

北朝鮮が中国の影響の下にある、それも改革開放を推進する政府が立ち入っているという条件でも、韓国の映画やドラマ、書籍、音楽などを阻むことは不可能だ。そのような文化的コンテンツと共に入って来る韓国発の民族主義も阻むすべはない。

また、数えきれないほど多くの韓国の自発的民族主義戦士たちが、北朝鮮に民族主義を輸出するために、多くの困難と危険を甘受するだろう。虚弱な権威、虚弱な政治体質、虚弱な政治基盤を有した北朝鮮の中国隷属政権が、北朝鮮内部の自生的民族主義と、韓国から陰に陽に絶えず供給される民族主義に耐えることができる可能性は低い。

5つ目に、中国の場合、潜在的覇権志向性が韓国やタイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアなどの近隣諸国に比べて強いとも弱いとも言うことができないが、中国は既に世界的な強大国の隊列に加わり、ますます強大になっている。したがって、強大国の倫理が要求されているのだが、中国の人民と政治家は、このような条件に容易に適応することができない。これがジレンマだ。

このため、中国人は自らに対する態度からして二重的だ。世界が中国を眺める態度も二重的だ。中国人は、自ら貧しくて弱い国として保護を受けなければならないと思いながら、同時に中国を強大国として扱ってくれないと不満を噴き出す。世界は中国が強大国としての義務をまともに履行しないと思いながら、同時に中国が何らかの行動をとることを恐れてはばかっている。

‘中国覇権論’は検証されていない

多くの人が中国が覇権を追求すると主張しており、中国をナチ時代のドイツと比べる人もいる。しかし、このような主張は検証されていない論拠に基づいている。

中国が急速に経済的、軍事的力を育てているという点と、過去に中国と近隣諸国との間で不必要な緊張と衝突があった点、中国の領土に対する執着が強いという点、中国が一党独裁体制という点等がその代表的な論拠だ。

中国の経済力が急速に発展することをとがめることはできず、その発展した経済力を基に軍事力を強化することも大声でとがめるのは難しい。

中国が30~40年前に近隣諸国と衝突を起こした原因も、客観的に検討して見るべきだが、当時衝突を起こしたと言って、この25年間平和に過ごした国を好戦的だと批判するのも難しい。アジアのすべての国、いや世界の大部分の国が、領土的執着がとても強いのに、中国の領土的執着に対してだけとがめるのも適切ではない。

独島(竹島)、釣魚島列島、南沙群島、日本の北方4島など、多くの地域の領土問題をめぐって、中国だけではなく日本や韓国、ベトナム、フィリピンなど、東アジアの大部分の国々が一寸の譲歩もなしに熾烈に争っている。このような条件で、中国の領土の執着だけ問題視することは公正だと思えない。

中国を’好戦国家’として見ることも困難

中国の一党独裁という側面から、ナチ時代と比べる人もいるが、これは全く論理的連関性がない。マルクス、レーニン主義自体に、階級闘争と世界革命を志向するという側面から好戦的な面がある。

だが、中国の一般の国民や政治指導者の心中からは、階級闘争や世界革命に対する関心はほとんど消えた。国家の富強や個人の繁栄に関心があるだけだ。

中国は一人一人の政治的行動様式がまだ充分に文明化されていない上に、政府の行動様式も世界的な強大国にしてはまだ粗雑な面がある。こうした側面から批判を受ける可能性はある。しかし、一党独裁なので好戦的で侵略的だろうというのは、度が外れた論理の飛躍だ。

中国の国家運営の方向が隣国と違うという証拠も全くない。周辺の隣国に対する認識と態度も、その経済水準に照らして見た時、非常に狭量な条件の下で、中国に対してのみ過度な基準を適用することも穏当ではない。