連載・日本の対北朝鮮情報力を検証する/海上保安庁編(2)

2012年6月13日付朝日新聞は、「中国、北朝鮮に軍用車両 昨年8月 安保理決議に違反」と題したスクープを掲載した。日本政府関係者の話として、中国がベトナム船舶を使い、北朝鮮の新型中距離弾道ミサイル「ムスダン」(当時は「新型ミサイル」と報道)を搭載する多装輪車両を輸出していたことがわかった、という内容だ。

このスクープは国際社会に大きな影響を与えた。中国外務省報道官は直ちにこれを否定したが、国連安全保障理事会の北朝鮮制裁決議の履行状況を監視する専門家パネルは、報道を基に中国の国連決議違反を指摘した。

大型車両に搭載され、即時に移動・展開できるムスダンやノドンは、その動きを偵察衛星でも把握することが難しい。このような脅威度が高いミサイル・システムの重要な構成品が、実は中国から輸出されているという実態――珍しく、日本の対北朝鮮インテリジェンスが、国際社会に存在感を示した瞬間だった。

あるエリートの自殺

しかし、この報道は海上保安庁(海保)に、暗い影を落とす。

朝日新聞報道の1週間後、外務省国際情報統括官組織に出向していたエリート海上保安官が自殺した。

朝日新聞が、「第5管区海上保安本部が11年10月、大阪港に入港したカンボジア船籍の貨物船から、輸出記録を記した目録を発見した」と詳しく報じたため、海保がサーチ(立入検査)で得た“最高機密”を漏えいしたと疑われた――当時、メディア関係者の間で囁かれた自殺の背景である。

だが、別の大手紙の公安担当記者は、違う見方を示す。

「自殺した海上保安官が、朝日新聞に秘密情報を漏えいしたと疑われていたのは事実です。しかし、彼は以前から個人的な問題で悩んでいました。彼を知る者の間では、彼は情報漏えいの犯人ではなく、自殺の原因は個人的な悩みでのノイローゼだと見られていました。事情に詳しい関係者の間では、漏えいの背景として、別のことが言われている」

「そもそも、記事を書いた朝日新聞の記者は、北朝鮮問題のスクープを連発する敏腕記者です。ネタ元が割れるような記事を書くわけがない。実際、記者はその後も公安や情報機関にパイプを維持し、そこからのネタでスクープを続けています。

実は当時、外務省と海保が疑っていたのは、自殺した海上保安官ではなく、海保でヒューミントを担当する別の人物だったんです」(大手紙公安記者)

海保でヒューミント(人的情報活動)を担当しているのは、本庁警備救難部警備情報課である。

「海保は拉致を知っていた」

2008年4月に同課が新設された理由は、2001年の米同時多発テロなど国際的なテロ・リスクの高まりと、それを受けての改正SOLAS条約(2002年)にあると言われるが、そもそもの発端は北朝鮮による日本人拉致事件と工作船事件にさかのぼる。元海上保安官は語る。

「海保は、北朝鮮が日本人を拉致していたことを経験的に知っていた。日本海で行方不明になった漁師は実は北朝鮮に拉致されたとか、夜な夜な沿岸に現れる不審な船は北朝鮮のスパイ船で、それに協力している漁師もいるとか……。海保は、そんな話を漁師たちからずっと聞いていたんだ。

ただ、海保の任務は救難や密漁の取り締まりがメイン。公安的な視点は、一部の捜査官を除いてほとんど持っていなかった。そんな海保の雰囲気を一変させたのが、北朝鮮の工作船事件だ。巡視船が機銃掃射されるという、戦後初の“実戦”を経て、これまで距離を置いていた“防衛”や“公安”の分野にも足を踏み入れるようなった」(元海上保安官)

実際に海保は、99年3月の能登沖北朝鮮不審船事案の翌2000年に、それまでの英語名称を「Maritime Safety Agency of Japan」から、準軍隊の「沿岸警備隊」を意味する「Japan Coast Guard」に変更している。

海の“公安”ともいうべき警備情報課は、このような海保の準軍隊化の総仕上げとして誕生したと言える。

弱小官庁である海保が、海洋国家・日本の国境警備を自衛隊や警察の影響力を排除して行うには、耳目となる独自の情報組織が必要であった。この海保の念願であった情報組織を一から作り上げた男が、冒頭の事件で“最高機密”の漏えいを疑われた人物、Nだ。

「N機関」の誕生

Nは警備情報課発足に先立ち、息のかかった部下を内閣情報調査室や公安調査庁に出向させ、公安情報収集のノウハウを吸収するとともに、韓国海洋警察大学に留学生を送り込み韓国情報機関とのパイプ構築にも努めた。

このようにして、“海の公安”とも言うべき警備情報課は誕生した。そして、このNが作り上げた海保の情報組織は、後に「N機関」と呼ばれるほどに存在感を増していく。(つづく)

(取材・文/ジャーナリスト 三城隆)
【連載】対北情報戦の内幕

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