北朝鮮の朝鮮労働党機関紙・労働新聞は5日付の論評で、「米国の核の脅威に対抗しわれわれの軍事的対応方式は先制攻撃方式に転換された」と主張した。

吹き飛ぶ韓国軍兵士

同紙は「われわれの核攻撃手段は、任意の時間に米国の頭上に恐ろしい大目玉を食らわす万端の戦闘動員態勢を整えている」と強調した。

また、カーター米国防長官が先月26日、「核抑止力は米国の安全保障の根幹だ」と強調。北朝鮮とロシアの奇襲的な核攻撃に備え、5年間で核兵器の運搬手段などの近代化予算に1080億ドル(約10兆8800万円)を投じるとしたことなどに反発したものだ。

北朝鮮が米国への「先制攻撃」を言うのは、これが初めてではない。ちょっと思い出しただけでも5、6回は言っているし、ちゃんと数えたら10回や20回は言っているかもしれない。

しかしハッキリ断言するが、金正恩党委員長が米国に先制攻撃を仕掛けることは絶対にない。おそらく、韓国や日本に対しても同様だろう。そんなことをすれば米韓軍の大量報復を招き、破滅を免れないことを知っているからだ。

戦争が起きるなら、偶発的・突発的な事態が引き金になるだろう。そして、そのような危機に直面したとき、うろたえるのは米韓ではなく、正恩氏であることを歴史が証明している。

昨年8月の、朝鮮半島の軍事危機を振り返ってみよう。発端は、北朝鮮側が非武装地帯(DMZ)に仕掛けた地雷が爆発し、韓国軍の下士官2人が足を吹き飛ばされるなど重傷を負った事件だった。

米軍の斬首部隊

これを、韓国軍は「計画的な挑発」としているが、デイリーNKジャパンの分析は違う。

北朝鮮の朝鮮人民軍は同年4月から、DMZで不審な動きを見せていた。軍事境界線の西部から東部までにわたり、5人~20人単位で近接偵察と何らかの作業を繰り返していたのだ。

DMZでは近年、朝鮮人民軍が徒歩で南側に入り、亡命するなどの出来事が相次いでいる。それにまったく気付かない韓国軍の警備の欠陥が指摘されていた一方、北朝鮮側の士気の緩みにも深刻なものがうかがえる。

そうしたこともあり、韓国側では当初、北朝鮮側は兵士の脱北防止のために地雷を埋設しているものと見ていたフシがある。挑発が目的とは考えていなかったのだ。

ところが偶然、上記のような事件が起きてしまった。そして韓国軍が、下士官らの身体が吹き飛ばされる瞬間の動画を公開するや世論は沸騰。「開戦やむなし」の空気さえ漂い始めた。

この危機は、北朝鮮側が「遺憾の意」を示すことで収束した。謝罪したのである。正恩氏としては、意図してもいない偶然のために、いきなり胸ぐらを掴まれた思いだったろう。

そして、この件がきっかけで米韓軍が備え始めた「斬首作戦」に、正恩氏は今も神経質な反応を見せている。

ただ、そんな屈辱を経験した正恩氏の怨念を、軽く見ることも間違っている。北朝鮮がすでに核武装してしまった以上、彼らが仕掛ける挑発の脅威度は異次元のものになっている。下手をすれば、こちらが早まって先制攻撃するよう仕向けられ、政治的に不利な立場に追い込まれないとも限らない。

北朝鮮が言う「先制攻撃」は脅しだが、そこに潜む意図を読み誤ってはならない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

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