金正恩体制下の北朝鮮で、庶民が吐露する「ホンネ」に揺らぎが表れている。

核兵器開発と弾道ミサイル発射に対する国際社会の制裁措置は、その効果の程度はどうあれ、北朝鮮経済の明日を苦しいものにしていることは間違いない。外から見れば、北朝鮮の庶民らは体制に対し、「いいかげんにしてくれ」と考えているのが当然だと思える。

人間を「ミンチ」に

事実、北朝鮮国内から漏れ伝わる庶民の声には、そのような内容のものが多い。しかし一部の人々、とくに若者の中に「核保有国の公民(国民)」としての誇りを感じる傾向があるということは、以前にも本欄で書いた。

そのような若者であっても、広い世界に飛び出せる自由と核武装のどちらかを選択する機会があるなら、自由を選ぶ人が多いはずだ。そうした機会がない中で、ナショナリズムに傾倒しているものと思われる。

ただ、懸念される現象はこれだけにとどまらない。北朝鮮国内に多様な情報ルートを持つある脱北者団体の代表によれば、「若者の中で、金正恩の人気が高まっている様子さえうかがえるようになった」というのだ。

「金正恩の時代になり、公開処刑が頻度と残忍さの面で強化されました。大口径の高射銃で、人間をミンチにしてしまうなど以前は行われていなかった。ただ、そのように殺されているのが幹部たちであることから、庶民の中には『清々する』と感じている人たちがいる。『われわれの暮らしが厳しいのは最高指導者のせいではなく、その下の幹部たちが利権をむさぼっているからだ』という間違った考えが下地になっているのです」

実際、北朝鮮で「幹部」と言われる人々の中に、汚職や権力の乱用と無関係である人物はほとんどいないだろう。そして、情報が厳しく統制されている北朝鮮でも、幹部に関するある種の「スキャンダル情報」は口コミで広く拡散する。また、多くの庶民が生活の様々な場面で、幹部の横暴に苦しめられている実態もある。

とはいえ、幹部たちのそのような行為も、ある程度までは生存競争の結果だ。「公正」も「安定」もない北朝鮮社会で「弱肉強食」がはびこるのは、間違いなく為政者の責任である。

しかし、日本社会などでは当たり前のこととして通じる道理を説いてみたところで、北朝鮮の人々には意味のないことなのかもしれない。以前、本来で紹介したある北朝鮮女性の、次のような言葉が改めに胸に刺さる。

「刃物を持っている人(注:体制のこと)が目の前いて、家族やきょうだいが殺されても誰も私たちの味方をしてくれません」

おそらくはこの絶望が、庶民たちの恐怖政治への「迎合」につながってしまっているのではないか。我々が北朝鮮の国内に何らかの変化を望むなら、正義や人権とは何であるかを、まず彼らに伝えていくことが必要だろう。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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