韓国統一省の傘下機関として新設される北朝鮮人権記録センターが今日、開所式を行い、北朝鮮の人権状況を調査・記録する業務を開始する。

虐殺事件も「素通り」

同センターは4日に施行された「北朝鮮人権法」に基づき設置が決まったもので、主な業務は◇北朝鮮住民の人権実態の調査・研究◇韓国軍捕虜、北朝鮮による拉致被害者、南北離散家族の人権問題の取り扱い◇各種資料および情報の収集・研究・保存・刊行◇調査・記録した資料の北朝鮮人権記録保存所(法務部所管)への移管――などだ。

北朝鮮の体制による人権侵害がいかに凄惨なものであるかは、「北朝鮮における人権に関する国連調査委員会(COI)」の最終報告書(以下、国連報告書)に収められた数々の証言からもうかがい知ることができる。

それでも、この報告書が人権侵害のすべての側面を網羅しているわけではない。北朝鮮では、人権侵害を通り越した虐殺事件や、ムリな工期設定による大規模な労働事故なども起きている。

そうした出来事については、もちろん情報公開などされていないから、複数の脱北者の証言を総合しなければ全容を描くことができない。そのような証言の掘り起こしは、民間団体やメディアが担ってきた部分も大きい。

それを韓国政府が、法と国家予算に基づいて行うようになれば、より体系的で厚みのある取り組みが期待できる。そして、北朝鮮の人権侵害には日本人拉致問題も含まれるから、日本にとっても関係のない話ではないのだ。

それにしても、米国では2004年、日本でも2006年にできた北朝鮮人権法が、どうして韓国で今になって施行されるのか。

それは2005年以来、国会で与野党の政争の具となり、法案上程と廃案が繰り返されてきたためだ。

韓国政治の中に、同法を廃案に追い込む力が強かったのは、これが成立しては北朝鮮との対話の可能性が閉ざされる、との懸念があったためだ。人権問題は、恐怖政治で国民を支配する金王朝の根幹に触れるものであり、北朝鮮側としては交渉の題材になどできないのである。

それがようやく成立・施行の運びとなったのは、言うまでもなく、金正恩党委員長の止まらぬ暴走の結果である。もはや正恩氏に遠慮をしても仕方がないと、韓国の政治家たちも認めざるを得なくなったわけだ。

しかしそもそも、北朝鮮の人々の人権を置き去りにした南北対話に、朝鮮半島情勢の重要な何かを変える力を生めるとは思えない。急がば回れという言葉もある。韓国はこれでようやく、対北問題に本格的に取り組むスタートラインに立ったと言えるのかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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