8月末から数日間、北朝鮮北部・咸鏡北道(ハムギョンブクト)と両江道(リャンガンド)の中朝国境地帯を襲った大水害の爪痕は、今なお現地に色濃く残っている。それと同様に傷を負ったのが現地住民の心である。その気持ちを代弁するかのように、無力な政府を批判する噂が現地に飛び交っているという。

金正恩の「わいせつ情報」

デイリーNKの取材協力者S氏が、会寧(フェリョン)市で耳にしたという噂の一例を紹介する。

「もうすぐ中国から大量の重機が送られてくるので、それで道路と鉄道をすべて復旧する予定だ。その代わりに、南陽(ナミャン、中朝国境の一地域)を中国側に開放するようだ」

「国に力がないので、土地を売って復旧しなければならない」

「いっそのことなら被災地を中国に管理してもらった方がよい」

S氏は、こうした噂の発信地が、水害復旧のために動員されている「突撃隊」や住民が集う市場であると推測する。駆り集められた彼らは、満足な装備や食料も与えられないまま、手作業による人海戦術で復旧にあたっている。北朝鮮では災害や大規模事故において、一般国民が失政のツケを払わされる例が実に多い。

庶民から、不満が出るのも当然である。また、市場は住民が行き交うコミュニティの場でもあるため、噂が広まる中心となる。

しかし単なる噂であっても、独裁者や国家の権威が著しく傷つけば、体制の安定にかかわる。そうでなくとも、最近の北朝鮮では、「わいせつ情報」を含め金正恩党委員長を揶揄するような噂が出回りがちだ。

(参考情報:金正恩氏が登場する「わいせつ映像」の怪情報

相次ぐ流言飛語について、現地の保衛部(秘密警察)も取締りに乗り出した。住民を集めた席で「流言飛語は体制を揺るがす行為である」とし、今後は厳罰を持って臨む方針を強調したという。

一方、動員の成果か、9月19日には咸鏡北道の幹線区間の一つである、会寧市~清津(チョンジン)市間を結ぶ道路と鉄道が復旧されたとS氏は明かす。北朝鮮メディアが「建国以来最大の大災害」と称した水害も、非常に遅い足取りではあるが、少しずつ収拾に向かっているようだ。

ただ、今回の噂からは、現地の住民が自国の金正恩政権の無力さをあらためて感じ取ったことが十分に読み取れる。核とミサイルを優先した政権のツケは今後、ボディーブローのように効いてくるものと思われる。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

    関連記事