中朝国境を守る朝鮮人民軍の国境警備隊が緊張に包まれている。中国の人民解放軍との間にいざこざが起きたためではない。国家安全保衛部の特別検閲部隊が抜き打ちで「検閲(軍紀取締り)」を行っているためだ。

凄惨なリンチ

「ここ数日、保衛部の一団が部隊ごとに訪れ、解決済みの『国境で起きた事件』を再調査しています。最近起こったものから、過去に解決したものまで事件ファイルを要求し、少しでも異常が認められる場合には再調査し、処罰を加えています。近隣の部隊では、中国との密輸を見逃す代わりに電気釜とテレビ、4000元(約6万円)のワイロを受け取った小隊長が中尉から少尉へと降格され、慈江道(チャガンド)の僻地に飛ばされました」。

今月25日、咸鏡北道(ハムギョンブクト)に住むデイリーNKの取材協力者が、とある国境都市の国境警備隊兵士に取材した内容を編集部にこう伝えた。

国家安全保衛部は、防諜および思想統制を任務とする秘密警察のこと。公開処刑や、悪名高い政治犯収容所の運営も担当。国内のみならず海外にも派遣され、現地に在住する北朝鮮国民が体制に歯向かう姿勢などを見せれば、凄惨なリンチを加えることで知られる。


検閲部隊は6人で構成され、彼らは特に、国境警備隊がワイロを受け取ることで「未決」や「解決」扱いにしたと疑われる事件をほじくり返しているという。処罰も軍紀引き締めを図るためか、見せしめを意識した方式で行われている。

「故障した中国製の携帯電話を持っていた下士(自衛隊の三等陸曹に相当)の場合は、部隊員が集まる朝礼の席で前に呼び出され、皆が見守る前で肩章をはぎ取られ、その場で一般兵士への降格を言い渡されました」(取材協力者)

保衛部の検閲は電撃的に行われているのも特徴だ。部隊あたり3日間調査しては、次の部隊へと移っていくという。ただ、どの部隊に行くのか明かさずに動くため、国境警備隊では「次はわが身」と戦々恐々としているとのことだ。

国家による責任転嫁

北朝鮮に「叩いてほこりの出ない」国境警備隊は存在しないといっても過言ではない。一時的な不法越境を黙認したり、密輸の片棒を担ぐ事で副収入を得て、生計の「足し」にする事が常態化しているからだ。

このため、今回の検閲は、駐英北朝鮮公使の太永浩(テ・ヨンホ)氏の脱北という衝撃的な事件を受け、国境地帯の軍紀を引き締めることを目的とした「見せしめ以外の何物でもない」(取材協力者)と言うことができる。

ただ、国家からの食糧や生活物資の配給が十分ではない上に、兵士も幹部も俸給では市場でコメも満足に買うことができない悲惨な軍の実情こそが、そもそもの原因である。当の国境警備隊の兵士にとっては海の向こうで起きた亡命事件による、とんだ「とばっちり」と言えそうだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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