ここ数年、北朝鮮で凶悪事件が多発している。北朝鮮当局は、決して明らかにしないが、多少の尾ひれはあろうと、こうした事件は人の口から口へと伝わり、必ず外部に漏れ伝わってくる。

下士官が怨恨の末

先月末、軍隊内で起きた金銭トラブルで、無関係の人が巻き込まれ殺害されるという悲惨な事件が起きた。

北朝鮮は、軍事優先の「先軍政治」をスローガンに掲げている。軍隊は優遇されていると見られがちだが、決してそうではない。規模が大きく、維持にコストがかかるが、生産手段を持たない朝鮮人民軍(北朝鮮軍)は、経済復興を目指す金正恩体制の大きな足かせとなりつつある。

現場の軍部隊では、自力で維持費を稼ぎ、物資を調達しなければならない。もちろん、そこには彼らの取り分も含まれている。両江道(リャンガンド)の国境警備隊に所属する、ある上官と下士官も、密輸や脱北幇助などの国境利権を貪っていた「裏ビジネスパートナー」だった。

そこそこもうけていたようだが、金正恩党委員長の「国境警備を強化せよ」という鶴の一声をきっかけに、裏ビジネスは停滞。金の切れ目が縁の切れ目というが、二人の関係に暗雲が立ちこめる。

そして、立場上、分が悪い下士官は、どんどん追いつめられ、上官を殺害することを決意。しかし、本人ではなく家族に手をかけてしまった。娘を貯水タンクに沈めたと伝えられているが、よほどの恨みつらみが溜まっていたようだ。

家族巻き添えといえば、数年前にも保安員(警察官)が庶民の報復に遭った際、妻子まで惨殺される事件が起きている。閉塞感が漂う歪な官僚社会ゆえに、凶行に及ぶ際、抑えつけられていた鬱憤が吹き出して、このような惨劇につながるのかもしれない。

北朝鮮の一般社会でも、凶悪事件は後を絶たない。

悪徳ヤミ金業者を刺殺

急速に資本主義化が進む今の北朝鮮では、ほとんどの住民が何らかの商売をしなければ生活がなりたたない。商売をするためには「元手」が不可欠であり、それを調達するのが北朝鮮版ヤミ金だ。ヤミというと、聞こえは悪いが、あくまでも北朝鮮当局が認知していないだけで、銀行のように「融資」をする役割を担う。

しかし、なかには悪徳ヤミ金業者も存在する。そして、22歳の女性が、高金利で暴利を貪り、強引な取り立てをする業者を殺害するという事件が起きた。

覚せい剤めぐり毒殺も

凶悪事件が多発する背景としては、90年代に起きた大飢饉「苦難の行軍」の後遺症から来る慢性的な経済難や社会全体に拡がる閉塞感が挙げられる。

そのためか、麻薬、覚せい剤に手を染める住民も多く、昨年2月には、麻薬ビジネスのトラブルをめぐり、警察官の妻が男性2人を殺害する事件も起きた。

金正恩氏は、薬物汚染に関しては厳しく取り締まる方針を打ち出している。しかし、覚せい剤が蔓延するきっかけは北朝鮮自身によるものだ。外貨稼ぎのために製造された覚せい剤が、周辺国の警備が強化されたため、行き場をなくし、結果的に国内に蔓延してしまった。薬物汚染は自業自得ともいえる。

いずれの事件も、北朝鮮の尺度からすれば、堕落した資本主義社会で起こりうることであり、健全な社会主義国家を謳う北朝鮮では「起こってはならない」事件の類いだ。だからこそ凶悪事件はアナウンスされずに隠蔽される。

しかし、古今東西、おぞましい凶悪事件は、えてしてその社会の世相、そして変化を反映する。北朝鮮とて例外ではない。多発する凶悪事件は、北朝鮮社会の矛盾の縮図なのかもしれない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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