故金正日氏の寵愛を受け最後の愛人であり、事実上の夫人と言われた金玉(キム・オク)氏が粛正されたという説が浮上した。

米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)によると、平壌を訪れた中国人ビジネスマンが「金玉氏は金正恩政権になってから1年足らずで管理所(政治犯収容所)に送られたという話を朝鮮労働党幹部から聞いた」と、同放送に打ち明けた。

親子で愛人を奪い合い?

一方、金正日氏の最後の愛人は、金玉氏ではなく、ポチョンボ電子楽団の元スター歌手で、現在は「北のガールズグループ」として有名なモランボン楽団の団長を務める玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏だったという説もある。実は、彼女は一時期、金正恩党委員長の恋人とも言われていた。父子の間で1人の女性を取り合う愛憎劇が繰り広げられたのかと思わせるような秘話だが、事実は定かではない。

金玉氏が、最後の愛人ではなかったとしても、権力層の重要なポジションで存在感を示していたことは間違いない。それにしても、正日氏の女性好きは、まさに「将軍級」だ。

金正日氏の女性好きは、「5課処女」という「権力層に仕える女性」を選抜、管理するシステムをつくりあげたことにも現れている。代表的な5課処女といえば、日本でもよく知られている「喜び組」。まさに、指導層が権力を笠に着て、女性を仕えさせ、時には慰み者にする。そんな前近代的なことが、今現在も行われているのだ。

こうしたスキャンダラスな醜聞は、金正日・正恩親子ばかりに限った話ではない。今年5月に死去した姜錫柱(カン・ソクジュ)氏は、少年時代に両親の仇を皆殺しにしたという特異な経歴の持ち主だが、女性遍歴もすさまじかった。劇団員などの若い女性をとっかえひっかえ愛人にしては、「適齢期」になると部下と結婚させていたという。

まさに北朝鮮指導層のなかでは、様々な愛憎劇が繰り広げられているわけだが、金玉氏はなぜ粛正に追い込まれたのだろうか。理由は、金玉氏の弟、金均(キム・ギュン)氏にあった。

継母を「この世の地獄」へ?

金正日氏の三番目の妻と言われ、正恩氏の実母でもある高ヨンヒ氏の死去後、金均氏は自分の姉が金総書記から寵愛を受けていることから、傍若無人な行動と傲慢な態度を取っていた。そして、正日氏の死後、国家安全保衛部(秘密警察)が、金均氏の件を正恩氏に報告し、連座制で家族全員が管理所に収容されたという。

RFAの情報を裏付ける情報としては、金均氏は2011年に金日成総合大学の第1副総長(総長代行にあたる)に任命されたが、2013年10月に突然退いている。

さらに、別の情報筋は、金正日氏に近かった金玉氏は、高ヨンヒ氏の偶像化や、正恩氏夫人の李雪主(リ・ソルチュ)氏や正恩氏の実妹の与正(ヨジョン)氏の政治的な活動の障壁になりかねず、粛正を免れなかったとRFAに述べている。

金正恩氏は、就任以来、国家運営や政策において金正日路線から脱却しようとしてきた。金玉氏粛正説が事実だとすれば、正恩氏は、父の時代に権力に仕えた女性たちの一新を図り「金正恩カラー」を強めようとしているのかもしれない。

仮にそうした動機だとしても、金正恩氏が継母である金玉氏を「この世の地獄」と称される政治犯収容所に送り込んだとするなら、恐るべき残虐性を持ち合わせた最高指導者ということになる。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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