米財務省は6日、金正恩党委員長を含む政権幹部ら11人と政府機関など5団体を制裁対象に指定した。北朝鮮における、人権侵害の責任を問うものだ。

拷問や性的虐待

これは金正恩体制にとって、大きなダメージである。核やミサイルの開発は、条件次第で取引に応じることも可能だが、「恐怖政治」を権力の基盤としている正恩氏には、国民に対する人権侵害を止めることなど考えられないからだ。

米国は北朝鮮の人権問題についていっそう関心を強めており、これで両国の反目は決定的になった。

一方、北朝鮮による人権侵害には、日本人をはじめとする外国人拉致も含まれる。ならば米国のの制裁は、日本政府の対北外交にもプラスとなるのだろうか?

残念ながら、答えはまったく逆である。

筆者は、北朝鮮の人権侵害を早く止めさせるべきだと思っている。同時に、日本政府が日本人拉致被害者の救出を最優先に考えるのも当然であると理解している。

しかし実際のところ、日本政府の取組は、このいずれを目指す形にもなっていない。

安倍晋三首相の対北外交方針は、「対話の窓口を閉ざすことなく、引き続き拉致問題の解決に向け全力を尽くす」といものだ。安倍氏の言う「対話」のベースは、北朝鮮による拉致被害者らの再調査などが盛り込まれた「ストックホルム合意」だ。そしてこの合意は、日朝間の懸案を解決したら国交を正常化しましょう、ということが前提になっている。

しかし、外交や安保と言えば何でもかんでも「米国追従」の日本政府が、最高指導者が米国から「人権犯罪者」と名指しされた国と、国交正常化や大規模な経済支援を前提とした対話なんかできるはずがないのだ。

米国をはじめ国際社会が問題視する北朝鮮の人権侵害は、外国人拉致だけではない。米国の制裁発表も、政治犯収容所について特に明記。子どもを含め8万~12万人が収容されており、拷問や性的虐待が横行していると批判している。


自衛隊には救えない

ちなみに、こうした問題を国際的イシューとする上で、国連人権理事会などでEUとともに主導役となったのは日本である。その日本が、「われわれの関心事は拉致問題だけですから」などという態度を取ることは、今後もできないだろう。

それにもかかわらず、国交正常化が前提のストックホルム合意にすがり、「対話と圧力」という言葉にこだわるのは明らかに矛盾している。

もしかしたら安倍政権と外務省は、北朝鮮とストックホルム合意を結んだり国連でEUと一緒に動いたりする上で、深い考えもないままに決断を下してきたのではないのか? 「拉致問題解決に努力している」という世論向けパフォーマンスを優先したことが、今日の対北外交の行き詰まりにつながっている部分はないのだろうか?

いずれにせよ、安倍首相は政治家として永田町の一線に躍り出て以来、「私が拉致問題を解決する」と言い続けてきた。解決に必要なのは、まず生存者の確認であり、帰還である。ここまで来たら、裏取引でも何でもすべきなのではないか。その上で、金正恩体制をいずれ厳しく罰する機会を待つ方が理に適っている。

筆者は以前、「自衛隊は絶対に『拉致被害者』を救出できない」と指摘したことがある。これは自衛隊や自衛隊員の能力について言ったわけではなく、「政治が必要な仕事をしてない」と言わんとしたものだ。

とにかく、安倍政権と外務省の「拉致問題解決に努力しているフリ」は、許される範囲を超えてきている。いまちょうど参院選が行われているのだから、有権者たる日本国民は、このことを厳しく指摘すべきではないのか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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