北朝鮮の朝鮮中央通信は12日、金哲柱(キム・チョルジュ)氏の生誕100周年を讃える記事を配信した。

金日成主席の実弟である金哲柱氏は、1935年、中国・延吉市で、日本軍との戦闘により死亡(享年19歳)。大城山革命烈士陵に墓が設けられている。

朝鮮中央通信の記事は、「金哲柱同志は抗日戦の熱血革命家の姿で金正恩元帥の指導に従って前進する先軍革命総進軍隊伍に立っており、千万の軍民を社会主義強国の建設を目指す闘争と偉勲へと鼓舞している」としながら、その生涯を讃えた。

朝鮮中央通信の報道全文は次のとおり。

祖国と革命のために青春をささげた熱血革命家

【平壌6月12日発朝鮮中央通信】12日は、不撓不屈の革命闘士である金哲柱同志の生誕100周年になる日である。

金哲柱同志は、金日成主席の思想と路線を貫徹する道で貴い生命を喜んでささげた主席の最も親しい革命戦士、頼もしい革命同志であった。

主席の弟である金哲柱同志は、チュチェの革命偉業が切り開かれていた初期に主席を朝鮮革命の指導者にいただき、従った。

国を取り戻すためには異国の地で苦しんでいる朝鮮の少年たちも力を合わせなければならないという主席の思想を体して、朝鮮における初の少年革命組織であるセナル(新しい日)少年同盟の中核メンバーとなり、大衆啓蒙のための演芸宣伝活動と「セナル」新聞の発刊、配布をつかさどるなど、領袖に限りなく忠実な革命戦士の崇高な模範を見せた。

遊撃根拠地創設のための事業が本格的に進められていた時に、共青員と革命的大衆の間に主席が提示した根拠地創設方針を解説、宣伝し、彼らが農村革命化に決起するように導いた。

区共青書記として活動しながら、困難で力に余る反日部隊との連合戦線を実現する活動にも心血を注いで多くの反日部隊が反日人民遊撃隊と連合戦線を形成し、共同の敵である日帝侵略者に反対して戦うように導いた。

祖国と民族、革命のために献身していた金哲柱同志は、車廠子付近での敵との戦いで壮烈に戦死した。

19歳のうら若い年に聖なる革命の道で貴い青春を捧げた金哲柱同志の生涯は短かったが、金哲柱同志は抗日戦の熱血革命家の姿で金正恩元帥の指導に従って前進する先軍革命総進軍隊伍に立っており、千万の軍民を社会主義強国の建設を目指す闘争と偉勲へと鼓舞している。

    関連記事