「金正恩を殺せ」韓国軍内で強まる衝動

我が空軍は有事において、北朝鮮最高指導部の「物理的除去」を核心任務のひとつとすべきだ――韓国軍幹部から、こんな提案が飛び出した。「物理的除去」とは、すなわち「殺害」を意味する。北朝鮮から、激しい反発を呼びそうな気配だ。

米軍も同調

提案を行ったのは、韓国空軍の戦略立案を担う空軍本部のユ・ジェムン戦略企画課長(大佐)。25日のセミナーでの発言に先立ち、前日に配布した資料の中で上記のように説明し、北朝鮮指導部、すなわち金正恩氏らに対する「斬首作戦」の必要性を強調した。

昨年8月の朝鮮半島での軍事危機以来、北朝鮮指導部に対する「斬首作戦」を導入すべきだとの意見が、韓国軍の内部で台頭。米軍も、これに同調するかのような動きを見せている。

ただ、今年に入り北朝鮮が猛反発したのを受けて、韓国軍は「斬首作戦」とのあからさまな用語を使わないと決めた経緯がある。

地雷で吹き飛ぶ韓国軍兵士

ユ大佐の参加したのは予備役団体の催したセミナーであり、公式なものではなかったとして、空軍本部は問題視していないようだ。だが、空軍が新たに重要な任務や戦略を立案する場合、支持世論づくりは欠かせず、それを後押しするのが有力OBの加わる予備役団体である。つまり、「金正恩を殺せ」とする衝動が、韓国軍内でじわじわと広がる空気が感じられるのだ。

金正恩氏は、こうした動きに明らかにナーバスになっているのだが、それも当然のことではある。

日本の報道だけを見ていると、相手に対して強硬なのは北朝鮮だけのように見えるが、韓国軍部にも「イケイケ」な空気はある。昨年11月、延坪島砲撃から5年目の追悼式典には朴槿恵大統領がビデオメッセージを寄せ、軍に対し「完璧な軍事対応態勢を確立」せよと述べた。式典に韓国大統領がメッセージを寄せるのは初めてで、北朝鮮への強気な姿勢を求める世論に配慮したものだ。

韓国側のこうした空気は、北朝鮮側が仕掛けた地雷爆発に端を発した8月の軍事的緊張を受けて高まってきた。当時、韓国側は自軍兵士の身体が地雷で吹き飛ばされる映像を公開。韓国国民の愛国心は高揚し、それに支えられた韓国政府との「チキンレース」で、金正恩氏は無残に敗北した。

韓国軍内部では今後しばらく、北朝鮮に対して強硬な声が大勢を占めることになるのではないか。

北朝鮮は、すでに実質的な核武装国だ。軍事境界線近くには韓国の首都を射程に収める長距離砲部隊も展開している。仮に、朝鮮半島で戦争が勃発すれば、最終的に米韓連合が勝利するのは間違いない。しかし、緒戦でソウルを「火の海」にされ、経済が甚大なダメージを受けるのは避けられないだろう。

それを防ぐために、「北朝鮮が戦争を決断する前に、先制攻撃で制圧してしまおう」との考えが韓国側で頭をもたげるのは、むしろ必然と言えるのだ。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

    関連記事