北朝鮮の金正恩第1書記は、アンデルセン童話の「裸の王様」を読んだことがあるだろうか。「バカには見えない不思議な布地で衣装を作る」という仕立屋に王様と役人たちがことごとくかつがれ、王様が裸のままパレードを行うことになるという、あの話だ。

実は、北朝鮮にも似たような状況がある。役人の間で「虚偽報告」が蔓延し、行政の空転につながっているのだ。たとえば、上層部から食糧生産の重いノルマを課された現場が、処罰を恐れて正直に未達を報告できず、「超過達成した」とウソをついてしまう。そして、それが積み上がる中で政策が現実から乖離して行き、深刻な混乱が生じてしまうのだ。

「鬼の形相」の死刑囚

同じことは、軍の現場でも起きている可能性がある。

韓国の聯合ニュースは1日、複数の韓国政府消息筋からの情報として、北朝鮮が先月23日に発射実験に成功したと主張する潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)が空中爆発した可能性があると報じた。

それによると、ミサイルは推進装置の分離にも成功していないという。しかし北朝鮮メディアは発射の翌日、「大出力固体エンジンを利用した弾道ミサイルの垂直飛行態勢での飛行動力学的特性、階段熱分離の信頼性、設定された高度で戦闘部核起爆装置の動作正確性」の確証を得たとして、大成功したと主張していた。

これについて韓国政府の消息筋は、「北の軍とミサイル技術者は金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に成功したと虚偽報告した可能性が高い」と指摘している。

また、北朝鮮は1月の核実験の後、水爆の実験に成功したと主張しているが、それを裏付ける客観データはどこからも示されていない。これもまた、現場からの虚偽報告を金正恩氏が信じてしまったのかも知れない。

こうした虚偽報告は、言うまでもなく「恐怖政治の副産物」である。北朝鮮の人々は幼い頃から「公開処刑」を強制的に見せられており、権力の恐ろしさを教え込まれているのである。

しかし、人間の心とは思い通りにいかないものである。独裁者は恐怖政治で国民を操っているつもりでも、人々は「虚偽報告」という形で反抗し、体制を機能不全に追い込んでしまう。軍の現場にまでそれが蔓延しているとすれば、独裁体制は決定的な場面で、自らの恐怖政治が生んだ副産物によりトドメをさされることにもなりかねない。

「処刑動画」の正恩氏

若年の正恩氏はとくに、そうした人の心の機微がわからず、恐怖政治に頼りがちになっているようだ。

たとえば昨年、金正恩氏が視察中に激怒した大同江スッポン工場の支配人が、後に銃殺されていたことがわかっている。

実は北朝鮮メディアは、正恩氏が激怒したときの様子を動画で公開している。それを見ると、職員たちが金正恩氏の前で、こわばった表情で直立不動の姿勢を取ったり、泣き顔のような表情をする老幹部らしき人物も見られる。

無慈悲な「殺人」が行われる直前の恐怖の場面を、北朝鮮の人々はどのような思いで見ているのだろうか。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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