前々回の本欄で、中国の北朝鮮レストランで起こったウェイトレスら従業員13人の集団脱北事件が、金正恩体制の脆さの表れであることを指摘した。



北朝鮮レストランのウェイトレスが脱北するのは、今にはじまったことではない。そうしたリスクがあるにもかかわらず、北朝鮮当局が海外でレストランを展開してきた最大の理由は「外貨稼ぎ」だ。合法的なビジネスとして展開できる北朝鮮レストランは、外貨稼ぎの花形でもあった。

それだけに、誰でも簡単にウェイトレスとして海外に派遣されるわけではない。

聯合ニュースによると、ウェイトレスに選ばれるためには、「ミスコン」並みの狭き門をくぐらなければならないという。身長162センチ以上、体重48キロ以下という厳しい基準があるため、ダイエットする応募者までいるとのことだ。食糧事情が厳しい北朝鮮で「ダイエット」というのも、にわかに信じられないかもしれないが、新興富裕層のなかには、覚せい剤まで使ったダイエットが浸透している。

数度の審査を経た女性たちは、中国語、接客マナー、歌、ダンス、楽器など、ウェイトレスとしての素養を徹底的に叩き込まれ、韓国人客への対応方法も学ぶ。例えば、金日成一族や北朝鮮体制を非難する客がいれば、その場で対応せず、指導員に報告して対応を任せるといったぐあいだ。


こうした厳しい選抜過程をくぐり抜けて、女性たちは、ようやく海外に派遣されウェイトレスとして働きはじめるが、ここでも苦しい日々が待っている。北朝鮮レストランで働いた元ウェイトレスの証言によると、睡眠時間以外は、分刻みのスケジュールだという。普段は集団生活で、外出する時は、秘密警察員や朝鮮族の管理人の同行が必要となる。さらに、ここ最近の経営難から、売春まで強要されているという複数の証言がある。



たしかに、北朝鮮国内では、慢性的な経済難や社会秩序の乱れから売春も増加している。しかし、北朝鮮レストランにおける売春は、体制維持の外貨を稼ぐ目的、すなわち国家による強制売春だ。

厳しい労働環境にもかかわらず、北朝鮮レストランで働きたがる女性は多かった。海外を見たいという好奇心、そして北朝鮮にいる時より稼げるからだ。そして、実際に派遣された彼女たちは、歯を食いしばって辛い労働環境で働いてきた。そんな彼女たちの希望を、金正恩第1書記の暴走気味の政策、そして人権を無視する姿勢が、打ち砕こうとしている。北朝鮮レストラン集団脱北事件は、起こるべくして起こったのだ。


高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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