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北朝鮮を理解するためには、金正日総書記を理解しなければならない。国全体が彼の唯一体制だからだ。‘隠遁の指導者’と呼ばれる金委員長は一人の人間として、国家経営者として、政治家としてどのような人だろう。国内で知られている彼のイメージは当たっているのだろうか。

金正日総書記(以下金正日)の新年の迎え方は独特だ。新年が始まる最初の瞬間の1月1日0時に、金日成の遺体が安置されたクムス山記念宮殿を参拜する。年例行事だ。書記室(秘書室)の側近数人と、極少数の軍の幹部が同行する。後で労働新聞で、参拝の事実だけが簡単に報道される場合もあるが、大部分は公開しない。

金正日は更に、党と軍の主な幹部に‘感謝の文’をファックスで送る。題目と違い、内容は熱心に働きなさいというものだ。このなかに、中央党の秘書(韓国の大統領首席秘書官にあたると言えるが、実際の権限はずっと大きい)らは、新年の朝に出勤し、‘感謝の文’を読む。部署別に会議も開く。金正日に‘答弁書’を送るためだ。答弁書は‘忠誠の誓い’が主要な内容だ。1月1日に金正日が公の前に姿を現わすことはほとんどない。側近や家族と時間を過ごす。

1月1日には党報(労働新聞)、軍報(朝鮮人民軍)、青年報(青年前衛)に、新年共同社説が一斉に掲載される。去年を‘総和’(決算)し、新年の是正方向を提示するのだ。重要なものであるから、金正日が直接検討する。社説もそうすることがある。労働新聞に太枠があったり、柄の入っている社説は、金正日が直接検討したということを意味する。金日成の死亡後、共同社説はずっと‘先軍政治’、‘銃隊精神’を強調してきた。共同社説は各職場ごとに下逹され、住民はこれを‘学習’しなければならない。金正日が何よりも宣伝を重要視しているからだ。

金正日の夜行性業務スタイル、金日成との事業で固まる

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金正日は昼遅くまで寝て、夜働く。父である金日成も同じだった。エピソードもある。79年に平壌で夜明けの2時にテレビをつけたら、外国映画が流れる‘事件’があったという。当然、一般の住民たちも見れた。噂が流れて人気を呼んだ。政治保衛部が諜報を入手、放送局を急襲したが、金日成のためだということが分かり、静かに放送局から撤収したことがあった(金正日の甥、李韓英)。金日成は視力が良くなく、夜に映写室で映画を見れば目が疲れて、テレビを通じて見たいと金正日に話し、金正日の指示で放送局が金日成のために夜明けに映画を放送したのだった。

李韓英は金正日の日課と関連し、“夜更かしして執務室にいて、夜明けに官邸に帰って来て眠る。起きる時間はたいてい昼の12時頃”と言った。‘夜明けに働く習慣’については、金正日自らも認めている。理由は金日成主席に対する報告のためであると言った。2000年8月に訪朝した、韓国の言論会社の社長団に直接説明したのだ。金正日は当時、2時間以上続いた接見と午餐で、北朝鮮の内部事情と統一、外交、国防などについて言及した後、“(私は)すべての業務報告を夜明けの3時までに受けて反応をまとめ、主席様(金日成氏)に報告を垂オ上げると、夜明けの4時になる。こうした組職秘書生活を20年間してきたため、それが癖になった”と語った。金正日は李韓英氏の証言と違い、自身の一日の睡眠時間は‘4時間’と言った。

金正日の官邸は知られているものだけでも15号(チュンソン洞)、85号(東平壌)、チャングァン?官邸など、3、4ヶ所ある。この外に、平壌外郭にある地下チョルボン閣など、別荘は数知れぬ程多いという。金正日がどこで眠るかは最側近の数人だけが知っている。全国各地に広がっている招待所に泊まることも多い。2000年8月末の第2回長官級会談当時、パク・ジェギュ韓国首席代表は、慈江道の別荘で金正日に会い、日本で活動している歌手、キム・ヨンジャ氏は、元山の招待所で金正日に会った。

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たいてい昼の12時頃に起きて、執務室に行く。金正日の公式執務室は中央党本庁舎だ。ここで会議を開いたり、主要な文件を決裁する。夜明けまで働き、宿所である官邸で業務を行うことも多い。15号官邸から執務室までは大理石になった地下道で繋がれている。エレベーターに乗って地下約100mまでおりれば地下道に出る。執務室まで歩いて6分ほどかかり、本庁舎の3階が専用執務室だ。2階は側近の副部長の事務室、1階は書記室だ。金正日の執務室の壁の厚さは 80cm程度であると知られている(李韓英,警護員出身の李英國)。

金正日は何でも秘密裏に組織して働くスタイル

金正日の業務は報告書を読んで決定し、指示することだ。金正日は何でも秘密裏に組織して働くスタイルだ。‘提議書’(報告書)に代えて、直接顔を突き合わせて報告を受けることはまれである。そのため‘提議書政治’とも言われている。最近はコンピューターを学び、コンピューターで報告を受けて指示をする。平壌の一部の地域にはラン(LAN)も敷かれている。

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夜には幹部と頻繁に酒を飲む。夜遅く始めて夜明けまで続いたり、最初から夜明けに飲み始めて夜明けに終わらせることも多い。82年10月21日には、元山招待所で宴会が開かれた。金正日の側近の結婚記念日を祝うための席だった。パーティーの参加者のために寿司を作ったが、始まった時間が夜明けの2時で、終わった時間は夜明け の4時だった(金正日の料理人、藤本健ニ)。

幹部たちが酒に酔えば自分だけ密かに抜け出ててファックスで入って来た報告書を夜明けの3〜4時まで検討する。知りたいことがあれば夜明けでも該当の部署に直接電話する。夜明けまで勤務していて金正日の電話に出て、答え方が上手だったため、急に副部長(次官級)に昇進して、デンマーク大使になった外交部の課長もいる。報告書のうち、体制への挑戦に関連した事項は、最優先に検討する対象だ。金正日は報告書がよければ、侮?ノ‘よくできた’、‘同意する’などと書いて、下に名前と日付を表記する。日付だけ書かれているものは‘参照として見た’という意味だ(黄長ヨプ前書記)。

側近をはじめとし、党と内閣の幹部たちを盗聴した結果も毎日受けるが、これは読んだ後、直ちにシュレッダーで細断してしまう。/出処 chosun.com