北朝鮮における人権に関する国連調査委員会の報告(詳細版)から抜粋

※ 脱北者に対する拷問・強姦・乳児殺しの実態

※ 政治犯収容所などでの拷問・強姦・公開処刑の恐怖

(g) 1970年代後半:他の各国からの拉致及び女性の強制的失踪

➢  963
1977年以降、北朝鮮により、(日本及び韓国以外の)他の国の国民も同様に拉致された。拉致は、時に強制的に、時にそそのかしによって、実行された。

拉致の理由としては、外国語をスパイや軍のための訓練学校で教えること、技術的な専門性の取得、そして、多くの拉致被害者の事案に共通することであるが、朝鮮人と非朝鮮人との婚姻を回避することを目的とした北朝鮮内の外国人への結婚相手として「与える」こと等がある。Ⅳ.Cで言及されたとおり、「純粋な朝鮮民族」は朝鮮社会の主要な特性の一つで、混血の朝鮮人の誕生を防止するため、多大な努力が費やされてきた。

  • 一例を挙げると、元米兵達には、不妊症であると信じられたため夫から離縁された(北朝鮮女性の)調理師達が提供された。

ジェンキンス氏によれば、この調理師達は、「基本的には、非公式な妻として、妻としてのすべての伝統的な役割を果たすこととされた」。米兵等は、これら調理師等と性的関係を持つことが期待され、少なくとも一つの事例では、性的関係の欠如が男性の殴打に繋がっている。1978年、アブシャー氏の調理師は妊娠し、「一夜のうちに消えた」。

「アブシャー氏の調理師がたまたま妊娠してしまった後、我々の指導員は我々に対し、「組織」は、北朝鮮人の女性調理師を提供するという政策はうまくいっていないと決定し、我々の妻とするため4名のアラブ人女性をレバノンから見つけてきたと述べた。」

➢  964

日本及び韓国以外の国々の国民について確認されたすべての拉致が、アブシャー氏の調理師が妊娠した後に発生しており、4名の元米兵が後に非朝鮮人の女性と結婚していることは、注目に値する。北朝鮮に拉致された非朝鮮人の女性のうち少なくとも何名かは、朝鮮民族の純血性を損なうことを回避する手段として北朝鮮内の非朝鮮人の結婚相手とすることを目的に連れてこられたものと推測される。

➢  965: 1978年:レバノン人女性4名の強制的失踪
1978年、レバノン人女性4名がそそのかしによって北朝鮮に連れてこられた。チャールズ・ジェンキンス氏によれば、彼女等は、4名の元米兵の妻となることとなっていた。彼女等は、月給千ドルの秘書業務に東京で就くことになると告げられていた。このうち2名が、ベオグラードを訪問中、拉致されてから1年1か月後に逃亡を果たしたのである。他2名は、元米兵のジェームズ・ドレスノック氏及びジェリー・パリッシュ氏に妻として「与えられた」。北朝鮮に残された拉致被害者のうち1名の母親は、この女性の所在を知るに至り、被害者の解放を求めて交渉した。ジェンキンス氏によれば、(ベオグラードで逃亡した)拉致被害者のうち1名は、北朝鮮を離れる際、パリッシュ氏の子を身籠っていた。このことで、彼女とその家族は困難に直面することになり、彼女は、子供の父親と暮らすため、北朝鮮に戻ることとした。

➢  966: 1978年:マカオでのタイ人女性の拉致
アノーチャ・パンチョイさんは、1978年7月2日、マカオで拉致された。北朝鮮でパンチョイさんの近所に住んでいたジェンキンス氏によれば、パンチョイさんは、マカオで無理矢理船に乗せられ、自らの意思に反して北朝鮮に連れてこられた。彼女の失踪から3日後の新聞記事によれば、パンチョイさんは日本人を装った男性と一緒に出かけたとのことである。この記事では、パンチョイさんの友人の発言として、パンチョイさんが当該友人に対し、自分が夕方6時までに外出から戻らなければ警察に通報するよう話していたことが引用されている。この情報は、パンチョイさんが北朝鮮に到着後にジェンキンス氏が聞いた話と整合性がある。パンチョイさんはアブシャー元米兵に「与えられた」。

➢  967
本委員会は、2013年9月、タイのバンコクで調査を実施し、パンチョイさんの家族から証言を得た。タイ政府は、パンチョイさんの失踪を拉致事件と認めたことはなく、彼女の失踪を「行方不明者」の事案として捉えている。にもかかわらず、タイ政府は、北朝鮮当局に対してパンチョイさんの情報提供を繰り返し要請しているが、何ら前向きな対応はないと述べている。2014年1月、タイの国家人権委員会は、パンチョイさん事件に関する報告書をとりまとめ、外務省が引き続きパンチョイさんの事案を追及するよう、タイ政府に勧告している。

➢  968
本委員会は、パンチョイさんがマカオ滞在中に拉致され北朝鮮に連れて行かれたことを証明する十分な証拠が得られていると認識している。この結論の主要要素は、チャールズ・ジェンキンス氏の証言及びパンチョイさんも写っている同氏の家族写真等の証拠である。本委員会は、彼女が今日も北朝鮮にいるものと判断している。

➢  969: 1978年:マカオにおける中国人女性2名の拉致
コン・リイイン(別表記 Hong Leing-ieng)さんとスー・ミャオジェン(別表記So Moi-chun)さんという中国人女性2名は、パンチョイさんと同時期にマカオで拉致され、北朝鮮に連れていかれた。2名は、マカオの宝石店で一緒に働いていた。家族の説明によると、彼女等は、日本人と思われる男性とその宝石店で知り合った。この北朝鮮工作員と思われる男性は、気前がよく、彼女等を時々夕食や他の遊びに連れ出していた。

➢  970
パンチョイさんがジェンキンス氏に語ったと伝えられるところによると、マカオからの船内には他の2名の女性のアジア人拉致被害者が彼女とともにいたが、彼女はこれら被害者らと話すことを許されなかった。北朝鮮到着の直前、これら女性3名は、服を脱ぐよう命じられた。服は、後日、きれいに洗濯されて返却された。到着時、3名は、一列に並んで上級指導員2名による審査を受けた。本委員会は、これら指導員2名の身元を把握している。伝えられるところによれば、幹部はそれぞれ1名の中国人女性を自分の車で連れていった。パンチョイさんは、その後、どちらの女性とも会うことはなかった。金賢姫元北朝鮮工作員は、コンさんから中国語を学んだと明らかにしている。拉致された韓国人女優の崔銀姫さん(既述参照)も、北朝鮮でコンさんと連絡があったとのことである。

➢  971: 1978年:シンガポールでのマレーシア人女性4名及びシンガポール人女性1名の拉致
「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」によれば、1978年8月20日、シンガポールにおいて、4名のマレーシア人女性、すなわちイェン・ヨケさん(23才)、セエト・タイ・ティムさん(19才)、ヤプ・メ・レンさん(22才)、マーガレット・オン・グアト・チョーさん(19才)と、シンガポール人女性のダイアナ・ン・クムさんが拉致された。日本人と称する男性2名が船上パーティーに5名の女性を派遣するようエスコート業者に依頼した。19~24才の5名の女性は消え、船も二度と現れなかった。崔銀姫さんは北朝鮮で近所に住んでいたマレーシア人について聞いたことがあるとされている。

➢  972
本委員会は、これらシンガポール及びマレーシア国民の拉致疑惑に関する更なる情報を求め、両国政府に対して質問を行った。シンガポール政府は、本件に関する情報を有しておらず、また、近親者から領事面での支援を求められたこともない旨回答した。マレーシア政府からは、情報提供に関する我々の要請への対応が得られていない。

➢  973: 1979年:ルーマニア人女性の強制的失踪
ドナ・ブンベアさんは、1978年、イタリアで失踪しており、北朝鮮にそそのかされて連れていかれたものと見られている。ブンベアさんは、イタリアで美術を学んでいた時、画商と称するイタリア人男性と出会った。同男性は、香港で展覧会を開催するようブンベアさんを説得した。二人は平壌経由の香港行きで出発したが、男性は平壌で消えた。ブンベアさんは、北朝鮮に留め置かれ、ドレスノック元米兵に「与えられた」。ブンベアさんは、北朝鮮で、二人の息子を残して死亡した。1981年生まれのリカルド・ドレスノック氏と1983年生まれのガブリエル・ドレスノック氏は、2006年の「クロッシング・ザ・ライン」や2013年の「エイム・ハイ・イン・クリエーション」等のドキュメンタリーに登場している。ルーマニアのブンベアさんの家族はブンベアさんの子供に会いたいと願っているが、全く連絡が取れない状況が続いている。

➢  974
ルーマニア政府は、本委員会に対し、チャールズ・ジェンキンス氏の2006年の著作で北朝鮮におけるブンベアさんの生活について明確な証拠が提供されて以降、北朝鮮当局に対してブンベアさんに関する情報提供を要請したとしている。ルーマニア当局からの要請に対し、北朝鮮は、「現状では、ルーマニア人が拉致されたことを確認する証拠やこれを示唆するものは存在しない」と回答した。

➢  975: フランス人女性
本委員会は未確認のフランス人女性の拉致疑惑に関する情報を入手した。崔銀姫さんによれば、このフランス人女性は、フランスにおいて、アジアの富豪の跡継ぎと称する北朝鮮工作員と恋愛関係になり、そそのかされて北朝鮮に連れてこられた。この女性が平壌までその男性と旅行してきたのは明らかであるが、その後、この男性は、消息を絶った。彼女は、北朝鮮において、招待所に留め置かれた。金賢姫さんはこのフランス人女性を見たことがあるとされている。

ジェンキンス氏は、映画撮影中に共演したフランス人女性を見たことを記憶している。しかしながら、彼は、その女性が拉致されてきたのかどうかは知らない。

1.帰国したレバノン人拉致被害者による同時期の報告によれば、レバノン人女性が留め置かれたのと同じ北朝鮮の収容所に3名のフランス人女性がいた。

2.本委員会は、北朝鮮により他の外国人、特に女性が拉致された可能性が高いと認識している。前出のレバノン人女性は、帰還した時、レバノンの報道関係者に対して、収容所には3名のフランス人女性、3名のイタリア人女性、2名のオランダ人女性と他のヨーロッパ出身の女性及び中近東出身の女性を含む28名の女性がいたと述べたと伝えられている。

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