日本が安保法制を整備し、集団的自衛権の行使に動きだしたことに韓国は神経を尖らせている。そんなさ中、韓国を訪問した中谷元防衛相は、仮に自衛隊が北朝鮮の領域に入る必要が生じた場合、必ずしも韓国からの同意を得る必要はないとの認識を示した。

これに、韓国の与野党やメディアが敏感に反応している。

韓国の立場は、朝鮮半島における唯一合法的な政府は自国のみであるというものだ。北朝鮮は国家ではなく、韓国の領土である朝鮮半島の北半部を不法に占拠しているとものとみなしているのだ。

陸自の進出は可能性「ゼロ」

そのため、「日本が勝手に北朝鮮で軍事行動を起こすのは韓国の主権侵害である」との主張が巻き起こっているわけだ。

しかし筆者としては、こんなタテマエ論に実質的な意味はないと思っている。なぜか。

それは海上自衛隊が北朝鮮の領海に入る場合を別とすれば、自衛隊が北朝鮮の領域で本格展開することなど、ちょっと現実的には考えられないからだ。

仮に北朝鮮の軍を空から攻撃しなければならない情勢になれば、まず間違いなく、韓国空軍や米軍(空軍・海軍・海兵隊)が動くだろうから、航空自衛隊に出番があるとは思えない。

朝鮮語が分からない

陸上自衛隊が北朝鮮に進出する可能性はゼロに近い。理由は簡単だ。

朝鮮語(韓国語)が分からないからである。

もちろん、自衛隊でも一部の人員に語学の訓練を施してはいるが、北朝鮮で現地の人々と十分なコミュニケーションを取れる人材はほとんどいないだろう。捕虜を尋問できる人間など、文字通りゼロではないだろうか。

ちなみに、朝鮮総連系を含め在日コリアンまで視野に含めても、そんな芸当のできる人材を見つけるのは極めて難しい。

自衛隊が抱えるこの課題は、永久に解決されることはないだろう。語学と言うのは、一朝一夕で身につくものではない。5年先、10年先に北朝鮮での作戦展開の可能性が出てくるとしても、今すぐ朝鮮語の訓練に取りかからなければ対応できない。そんなことを主導する日本の政治家がいるだろうか。いないだろう。

日韓の関係次第

ということは、自衛隊が拉致被害者を救いに行く選択肢は絶無ということになる。

安倍晋三首相は拉致被害者を「必ず救出する」と繰り返しているが、「そのために本当に必要な仕事をしていない」との指摘があちこちから噴出するようになって久しい。

実際、やるべきことはたくさんある。インテリジェンス能力の向上もそのひとつだ。日本にもかつて、世界でその名を知られた「北朝鮮情報のプロ」がいたのに、生かす仕組みがないために組織に飼殺しにされた。質の高い情報がなければ、北朝鮮に対する戦略など立てようがない。

そして現実的なこととして、韓国とは良好な関係を維持しなければならないのだ。

北朝鮮の止まらぬ暴走にしびれを切らした韓国軍は、金正恩氏の「斬首」を狙うべく、北朝鮮に潜入させる特殊部隊の編成に動きだしている。

そうした動向に影響を与え得る外交活動もまた、日本の安全保障のための欠くべからざる取り組みだろう。

11月2日に行われる日韓首脳会談後の両国関係に期待が持たれる。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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