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‘さくら祭り’を始めとし、韓国では春の祭りがあちこちで開かれている。春を迎える韓国の姿は文字通り絵のようだ。

大学生街でも校庭の花が満開で、学生たちが講義室を行き交う姿を見ると、北朝鮮で筆者が経験した大学生活が思い出される。

筆者は90年の初めに北朝鮮で大学に通っていた。地方の都市の大学が全てそうであったように、筆者が通った大学も寮で暖房施設を全く使うことができなかった。

真冬にはやかんに水をはっておけば、凍ってやかんが裂けた。このような部屋で冬を過ごすには、体が丈夫でなければならなかった。寮で生活しながら元気に卒業する学生はかなり幸運だった。

94年の冬に、1ヶ月間家で休みを過ごし、2月1日に寮に戻って来た学生たちは、寒さとの闘いを始めた。夜寝る時、靴下をはいてその上に綿を入れて作った足袋をはく。両手には綿で作った軍人用手袋をはめて、頭には毛皮の帽子をかぶって布団を覆って寝れば、凍傷にかからない。

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少しでも油断すると知らないうちに手と足に凍傷を負う。同期生たちの中に‘完全武装’(足袋、手袋、毛皮の帽子)をしないで寝て、凍傷を負って冬を過ごした人もいた。

冬が終わって暖かい春が来ると、凍った手が薄赤く腫れ上がり、指から黄色い膿が流れ出た。ペンを握ることができずに、それ以上勉強をすることができなかった。

大学当局でも治療してはくれないため、休学して家に返される。彼らは完治すれば復学することを約束して家に帰ったが、復帰した学生は1人もいなかった。

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苦労のあげく凍傷の治療は終わっても、再び恐ろしい寮生活を送る自信がなかったからだ。結局、彼らは卒業まで1年残し、大学生活を締めくくらなければならなかった。

大学4年間で、軍服務にも劣らない大変な寮生活を共にしながら親しくなった友人たちが戻って来ることができず、涙の手紙をやりとりした記憶が今も鮮やかだ。

規定された大学の制服(男子学生は群青色の洋服、女子学生はチマチョゴリと洋服)を着て通う北朝鮮の大学生と違い、韓国の大学生は自由だ。それぞれ好きな服を着て、暖かい学食で食事する韓国の大学生を見ると、何日でも大学生でいたい気がする。

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韓国の大学寮は冷暖房施設があまりにもよくできており、冬もランニング一枚で寝床に入る。彼らはおそらく、綿の入った足袋に毛皮の帽子まで身につけ、やかんの水が凍って裂ける北朝鮮の大学生の苦痛を理解することもできないだろう。

いつになったら北朝鮮の大学生も最小限、手足だけは凍らない生活を送ることができるのか。今日も北朝鮮の大学生たちは、春の肌寒さの中で身をすくめて講義室に入って行くのだろう。

[姜在ヒョク記者(咸興出身, 2004年入国)]