2012年の春、北朝鮮最大の穀倉地帯である黄海南道で、大量の餓死者が発生した。正確な死者数は今に至るも明らかになっていないが、北朝鮮ウォッチャーの間では万単位であったと推測されている。

同年4月10日、デイリーNKが最初に「餓死者急増」と報じたときには、漠然とした状況しかわからなかった。だが、時間が経つにつれ、現地の凄惨な実態が明らかになる。

北朝鮮国内にいる、アジアプレスの記者と協力者たちが取材したところでは、行き倒れになる人が多すぎて火葬する薪が足りなくなり、郊外の空き地に穴を掘って、遺体をまとめて埋めるしかなかったとされる。中には、暮らしに絶望して、一家全員で心中した家庭もあったという。

餓死者の墓を掘り起こし…

さらには、耳を覆いたくなる「人肉事件」の情報がもたらされる。

「空腹でおかしくなった親が子を釜茹でして食べ、逮捕される事件があった」「死んだ孫の墓を掘り起こして、死体を食べた祖父が捕まる事件があった」などの証言が続出したというのである。

この話を何故いま書くかと言えば、大量餓死の原因が金正恩氏の主導した国家的イベントにあり、近くまた、北朝鮮で朝鮮労働党創建70周年(10月10日)の大イベントが予定されているからだ。

黄海南道は、100万~300万人が餓死したと見られる1990年代後半の「苦難の行軍」期においても、餓死者が最も少なかった地域だ。

権力も「人災」認める

それにもかかわらず、2012年にこの地域で集中的に餓死者が発生したのは、首都・平壌で金正恩氏の「指導者デビュー」を祝う“どんちゃん騒ぎ”を数カ月にわたり続けるため、黄海南道の食糧を、権力が根こそぎ徴発してしまったからだ。

黄海南道の村々からは瞬間的に食べ物が消滅してしまったので、人々には飢えに備える猶予さえ与えられなかった。

毎日新聞の同年6月1日付によれば、朝鮮労働党指導部は密かに、この飢餓が「人災」であると認める内部文書を作っていたという。大規模な飢餓の発生は、体制の安定にダメージになる。そんな危機感から、権力内部で総括が行われたのだろう。

だから今回、金正恩氏はもっと上手くやるかもしれないし、餓死者も出さないかもしれない。

メディアの感覚麻痺

しかし、北朝鮮が10月10日を控えて準備している長距離弾道ミサイルの打ち上げや大規模イベントが、国民からの収奪の上に成り立っている事実に変わりは無い。

残念なのは、メディアが金正恩体制の蕩尽を、北朝鮮の人権問題と結び付けて報じる視点を欠いていることだ。北朝鮮当局がそれを逆手にとり、外信を招き入れ、派手なイベントや長距離弾頭ミサイル開発の「実力」を宣伝するのに余念がない。

あまつさえ日本の一部メディアは、北朝鮮での取材許可を得るために朝鮮総連の要求に屈服し、北朝鮮の人権侵害を告発するジャーナリストを排除する始末である。

北朝鮮での現地取材が、貴重な機会であるのは事実だ。しかしそれは、金正恩体制の矛盾に満ちた本質に迫るための機会として捉えられなければならない。

(文/ジャーナリスト 李策)

【参考記事】特集:2012 黄海道飢饉(アジアプレス)

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