朝鮮人民軍の動向が、見えにくくなっている。北朝鮮メディアから、軍事演習や新兵器実験の報道が消えたからだ。

金正恩氏は毎月のように、軍事演習や新兵器の実験を現地指導してきた。しかし、7月30日に「空軍戦闘飛行技術大会」を指導したと報じられたのを最後に丸2カ月間、軍の現場に赴いたとの報道がなされなくなっているのだ。

理由は、ふたつ考えられる。

ひとつは、8月に韓国との間で本物の戦争の危機が高まり、それどころではなかったということだ。

北朝鮮が非武装地帯に仕掛けた地雷爆発事件に端を発した今回の危機で、北朝鮮は潜水艦や特殊部隊を前進配備し、実際の戦争勃発時にどのような行動を取るのか、その一端をうかがわせた。

もっとも、このときは韓国の方がより強硬な姿勢で臨んでおり、自軍の兵士の身体が地雷で吹き飛ばされる映像を公開。

国内に「やるなら、やってやろうじゃないか」という空気を醸成した。

その結果、金正恩氏は朴槿恵大統領との「チキンレース」に敗れて実質的に謝罪。後になって、「あれは、謝ったわけではない」と強弁する始末の悪さを見せた。

いずれにせよ、こんな状況では軍事演習を記者同伴で視察し、「余裕」を見せつけるどころではなかったろう。

そしてもうひとつ考えられるのが、10月10日の朝鮮労働党創建70周年記念日を迎えることに、全力を傾けているということだ。

当日、北朝鮮は大規模な軍事パレードを行う予定であり、それだけでも軍には大きな負担がかかる。

さらに、北朝鮮は近く長距離弾道ミサイルの発射を行うと示唆している。本当に発射を強行すれば、日米韓からの圧力が強まるのは必至だ。それに対し、8月の危機で大恥をかかされたばかりの金正恩氏は、「雪辱」のためにも相当な強硬姿勢で「逆恫喝」に出るかもしれない。

つまり、朝鮮人民軍は演習どころではなく、実戦を想定した待機状態に入っている可能性があるということだ。

無論、周辺各国もそのことはわかっているが、ギリギリの判断は軍部内や世論の空気にも左右される。8月に危機を経験したばかりの韓国では、軍部が世論の「弱腰批判」をかわす目的もあってか、極秘にすべき「金正恩斬首」の作戦に言及し始めているほどだ。

そんな空気の中で事態が暴走気味に推移し、武力衝突に発展するようなことのなきよう願いたい。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

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