北朝鮮がかねて予告していた通り、韓国の政治宣伝放送に対して軍事行動に出た。韓国側の拡声器に向けて砲撃を行い、それに韓国軍も応射したのだ。

その予兆はあった。

金正恩氏が参加する重要行事に、朝鮮人民軍の李永吉総参謀長と金英哲偵察総局長が姿を見せなくなっていたのだ。

この2人は北朝鮮における実戦部門の最高指揮官たちであり、韓国に対する軍事行動に備え、司令部に張り付いていたのだと推測される。

しかし、いったん戦闘が始まったら、事態がどう転がって行くかを推測するのは簡単ではない。

そもそも、今回の軍事衝突が起きたこと自体、予想外の出来事や偶然が重なった結果だ。

韓国が北朝鮮に対する政治宣伝放送を開始したのは、北朝鮮が非武装地帯(DMZ)に仕掛けた地雷の爆発で、自国兵士が重傷を負ったことに対する報復のためだ。

では、北朝鮮はどうして地雷を仕掛けたのか。韓国軍などは、自国に対する「挑発」のためだとしている。

そうかもしれない。

しかし、韓国軍は2カ月ほど前には、「北が脱走兵が南下するのを防ぐために地雷を仕掛けている」との分析を行ってもいた。

DMZでは近年、朝鮮人民軍が徒歩で南側に入り、亡命するなどの出来事が相次いでいたためだ。

だとすれば、北朝鮮が地雷埋設に動いたのは、韓国軍の警備の薄さが遠因になったとも言える。韓国側のDMZでの警戒が厳しければ、脱走兵が徒歩で南側に入るなど不可能だからだ。

つまり、【韓国側の警備に欠陥があったために脱走兵が続出】→【脱走兵を防ぐために北朝鮮が地雷を埋設】→【その地雷で韓国軍兵士が負傷】→【韓国軍が報復として政治宣伝開始】→【南北が軍事衝突】という風に、誰も意図しない方向に事態が転がってきた可能性が高いのである。

問題は、いったん戦闘が始まり、南北双方の闘争心と敵愾心に火がついてしまったら、こうした客観的な分析は埋没しがちになることだ。

韓国では、北朝鮮側のしかけた地雷により兵士が吹き飛ぶ動画を公開されている。

また、北朝鮮からの攻撃で命を落とした海軍兵士たちの映画も大ヒットしている。

そういった空気に、DMZで起きた火花が「引火」したらどうなるか。

ちなみに、北朝鮮の首都、平壌では、理由の説明もないまま市民の避難訓練が突然始まり、人々が戸惑っているという。

朝鮮半島情勢の行方に懸念は尽きない。

高英起(コウ・ヨンギ)

1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。

脱北者が明かす北朝鮮 (別冊宝島 2516) 北朝鮮ポップスの世界 金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔 (宝島社新書) コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記

    関連記事