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ソン・八ッキュ氏のハンナラ党脱党をきっかけに、‘中道’または‘統合’という言葉が再び浮上している。

ソン・八ッキュ氏自身は‘中道’という言葉よりは‘統合’、‘無能な進歩でも古い守旧でもない’という言葉を好んで使ってきたが、一部では彼の脱党に言及しつつ、ヨ・ウンヒョンやキム・クなどの‘中道’路線を振り返らなければならないという声も聞かれる。

ここで再び強調したいことは、この世の中で“二つの極端を去ってある一方にかたよらない、行わなければならない正しい道”といった、国語辞典に出て来る‘中道’の意味を悪いという人は誰もいないだろうという点だ。一体、常識的な人が“二つの極端なもののうちのある一方に偏り、向わなければならない正しい道を行ってはならない”と言うだろうか。

こうした点から考えると、“人は適切に‘中道’を歩まなければならない”ということは、“人は適切に正しいことをしなければならない”ということと同様であり、当然ながら、してもしなくても同じことだと言えるだろう。

このように‘中道’という言葉は、このごろ具体的なコンテンツが欠けたまま、ただ抽象的な概念のレベルで多く使われている。それならば、徹底的に問いつめてみなければならない。維新時代に独裁か反独栽かと、尖鋭な価値観の対立が起こった時、当時の‘民主化の活動家’や、また今日の一部の‘中道’論者たちは、どうして維新と反維新の中間を選ばずに、透徹した反維新一辺倒の道を歩んだのか。正しい‘中道’というのは、独裁と反独栽の中間ではないと思ったからだろう。

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それならば、彼らはどうして金正日の先軍独裁に対しては維新政権に対するように命を捧げて熾烈に争う姿を見せないのか。このように問えば、“あなたは知らないだろうが、我々も金正日を随分批判している”と言うかも知れない。しかし、友人どうし集まって、“金正日も悪いX”と言うことはそれほど重要ではない。どうせ言うのであれば、国民全てに聞こえるように、大声で叫ばなければならないのではないだろうか。

そのように言ったら、彼らはまたこのように言い返すかも知れない。”朝鮮半島の平和のために金正日をあまり責め立ててはいけない”

しかし、そうした論理の通りであるならば、維新−新軍部に対してはなぜ、‘大韓民国内部の平和のため’に堪えることなく、最後まで批判したのか。韓国の権威主義政権に対しては国内の平和よりは自由と民主、人権をより重視し、死にもの狂いで争ったが、維新より何千倍も残酷な金正日の反自由、反民主、反人権に対しては‘平和のため’に責め立てないことにするというのであれば、それこそ相容れないダブルスタンダードでなくて何であるのか。

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21世紀の‘中道’のモデルをヨ・ウンヒョンやキム・クに求めることも、多分に没歴史的な観念論だ。

大韓民国の半世紀の歴史は、不可逆的で取り消し不可能な現実となり、それは非常に成功した歴史だった。したがって、‘中道’ではなく、それ以上のもののためにも、これからは大韓民国の建国以前にあった‘先史時代’の出来事をモデルに設定することはできず、この点から既に消滅してしまったヨ・ウンヒョンやキム・クの位相に今更遡り、今日と明日のある新しい始発点とみなそうとすることは、極めて非現実的なことであるといえる。

勿論、趣向によってはそのような人物の精神を称えて評価することは可能である。しかし、今になってヨ・ウンヒョンの勤労人民党やキム・クの韓独党路線を招魂して、一体何をどのようにしようというのか、理解するのは容易ではない。高句麗がいくら偉大であっても、韓国史は結局、新羅の統一に向かい、そのため“あの時、高句麗が統一していたらどんなによかっただろうか”と言うことは、全くつまらないことではないか。

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金日成−金正日の首領独裁に対立した大韓民国の建国路線の正当性を明らかに肯定しながら、その前提に立って‘保守’も‘進歩’も、‘中道’も語るのが穏当だろう。‘核武装した極左権力’に正面から対立しない‘中道’は、’中道’ではない。

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