連載・日本の対北朝鮮情報力を検証する/外事警察編(1)

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2015年3月26日の早朝、東京都杉並区。閑静な住宅街に位置する公園で行われるラジオ体操に、毎朝のように顔を見せる老人の姿はなかった。その代わり、近くの道路に警察が張った阻止線の外側から、テレビ局のレポーターたちが「歴史的な瞬間」を見逃すまいと、公園から目と鼻の先にある古い木造二階建ての一軒家を見つめていた。

そして数時間後、 外事警察は1955年に朝鮮総連が結成されて以来はじめて、総連議長の自宅への家宅捜索を行った。

しかしそれは、「総連を潰す時には軍事情報や先端科学技術に対するスパイ事件でやる」と常々口にしていた警察庁幹部の理想――すなわち外事警察の“王道”を裏切り、マツタケの不正輸入、それも議長とは直接関係のない所で行われた事件での「別件捜査」として行われたのである。

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警察の家宅捜査を受け、マスコミの取材に答える許宗萬総連議長/2015年3月26日

「在日朝鮮人が犯した犯罪で総連議長が捜査されるというのなら、日本人が犯した犯罪で総理大臣が捜査されるのか?」

捜索の後、テレビカメラを前にして、許宗萬(ホ・ジョンマン)議長が怒りもあらわに述べたこの言葉に「胸の内で頷いてしまった」というマスコミ関係者は少なくない。

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外事警察はいかにして、その“王道”を踏み外してしまったのだろうか。

圧力強化でむしろ「能力減退」

この家宅捜索から遡ること8年前の2007年1月、第1次安倍内閣で警察庁長官を務めていた漆間巌は、当局内で「政治警察宣言」ともいわれる発言を行った。

「北朝鮮が困る事件の摘発こそが拉致問題を解決に近づける」
「北朝鮮に日本と交渉する気にさせるのが警察の仕事だ」
「そのためには、 資金源などについて『ここまでやられるのか』と相手が思うほどに事 件化していくのが有効だろう」

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そして、北朝鮮に対する強硬姿勢を追い風に発足した安倍内閣で、漆間は外事警察を駆使して朝鮮総連を次々に追い込んでいく。核・ミサイル開発への関与を疑われてきた在日本朝鮮人科学技術協会(科協)をはじめ、全国各地で総連関係者や施設に対する強制捜査を行い、北朝鮮への「圧力」を加えていったのだ。

ところが、外事警察はその過程で、徐々に「変調」をきたして行く。外事警察のOBが語る。

「とくに不正輸出事件に言えることですが、事件そのものがだんだん“小粒”になってしまったんです。かつては、兵器開発に直結するような精密工作機械などの輸出事件を重点的に捜査していた。しかし2006年以降、まず国連決議に基づく制裁措置により北朝鮮への『ぜいたく品』輸出が禁止され、続いて日本の独自制裁で全品目の貿易が禁止されました。つまり、北朝鮮の工作機関によって巧妙に偽装された事案と格闘せずとも、あらゆるモノの輸出入について事件化できるようになったのです」

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たしかに、経産省の外郭団体がまとめた不正輸出事件のデータを見ると、近年は中古タイヤやニット生地、冷凍タラ、壁紙、ファンデーションなどの品目が並ぶ一方、精密機器に関する記述は見られない。せいぜい、中古パソコンや中古車の事例があるくらいだ。

これには、中国などが技術力を高め、北朝鮮が必ずしも日本製機器に頼らなくなっている事情も作用していると思われる。しかし同時に、国家的な「圧力キャンペーン」の中で外事警察が成果を急がざるを得なくなり、長らく培ってきた防諜スキルを減退させてしまった側面も否定できない。

朝鮮総連への強烈な「執着」

今回のマツタケ事件における総連議長宅への家宅捜索は、漆間によって「政治警察宣言」がなされたのと同じ安倍首相の政権下で行われた。そのことを受けて、外事警察の動きは政権の意図を受けたものだと見る向きはマスコミなどに少なくない。

ただ、当の公安当局の中にさえ「こうした動きが日本人拉致問題の解決を進展させる」とする見方はほとんど存在しないのだ。

「なんといっても、しょせんはマツタケですからね。効果といえば、朝鮮総連のフトコロが少し痛むくらいでしょう」(官邸関係者)

その一方、「総連を潰すまでやるよ」と語気を強める警察関係者もいる。

「朝鮮総連は中央本部ビルの競売問題で、その辺の地上げ屋では考えつかないようなスキームを作り出し、結局は民事執行法の抜け穴をかい潜って居座ることに成功した。表面的には合法的な商取引だが、中国共産党の工作員や北朝鮮の工作機関である225局も関与している。総連が法の抜け穴を通るなら、警察は法を駆使して潰すまでだ」

だが、朝鮮総連が北朝鮮本国から「資金源」として重宝された時代はとうの昔に過ぎ去った。それにもかかわらず外事警察が朝鮮総連に執着するのは、「日本の安全を守って来たのは自分たちである」とする強いエリート意識、そして、組織の骨髄にまでしみ込んだ「因習」の故にほかならないのだ。(文中敬称略=つづく

(取材・文/ジャーナリスト 三城隆)

【連載】対北情報戦の内幕