北朝鮮が最近、「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」など複数のウェブサイト上で記事、写真、動画などを駆使した情報戦略を強化している。
3月26日には、スパイ容疑で拘束したとする韓国人男性2人に「告白会見」を行わせ、その様子をウェブサイト上で公開した。
韓国政府はすぐさま「でたらめだ」と一蹴し、日韓のメディアも韓国の主張に沿って報道している。とくに日本ではあまり大きな扱いはされておらず、新聞を読んだだけでは「また北朝鮮が勝手なことを言っているな」としか思えないだろう。
しかしその一方、このニュースは日本や韓国の北朝鮮情報筋の一部に、少なからず動揺をもたらした。
北朝鮮の朝鮮中央通信が報じた「韓国人スパイ」たちの会見詳細は、4000字以上の長文である。その中では、「花豚事業」とのコードネームが付けられた韓国側の秘密作戦をはじめ、中国・丹東における情報収集活動の内容から、偽造紙幣や金正恩氏を冒とくする漫画、エロビデオや韓流映画を記録したフラッシュメモリーなどを北朝鮮に投入した、などという話までが詳細に語られているのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面とりわけ、韓国の情報機関が丹東で秘密拠点にしているとして数十に及ぶ企業や飲食店などの名前が列挙されたことは、現地で活動する人々に衝撃を与えた。
ちなみに、北朝鮮がここで飲食店などの名前を列挙した目的は、韓国側をけん制することだけではない。頻繁に海外を行き来する自国の貿易担当者たちに対しても、「おかしな所に出入りすれば必ずバレるからな!」と釘をさしているのだ。
そして、こうした情報戦略は、日本にも向けられている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面3月26日、警察当局は北朝鮮産マツタケの不正輸入事件をめぐり、朝鮮総連の議長宅などを家宅捜索した。
不思議なのは、この事件について日本のマスコミがまったく触れていなかった昨年5月の時点で、北朝鮮の労働新聞が報道していたのだ。それも、日本の週刊誌ばりの「迫真の事件ルポ」としてである。
その意図はおそらく、同月下旬に行われた日朝政府間協議で駆け引き材料に使おうとしたものと思われる。日本の外交官に対し、「そっちの手の内はすべてお見通しなんだよ。いったい日本政府は俺たちと話し合う気があるのかないのか、どっちなんだ?」と迫るのだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面それをされると、タテ割り行政の弊害から捜査情報をまったく与えられていない日本の外交官は、対応に苦慮せざるを得ない。
また、朝鮮中央通信は2日、北朝鮮がマツタケ不正輸入事件にからめ、外交経路を通じて「日朝間の政府間対話もできないようになりつつある」と対話の中断を示唆し、謝罪を要求する通知文を日本政府に送ったと報じた。日本人拉致被害者らの調査に対する影響をにおわせ、日本政府を揺さぶる狙いがあるのは確かだが、ここにも様々なメディア戦略をからめてくる可能性がある。
筆者は、こうした情報戦略は金正恩氏の強いリーダーシップの下に推し進められていると見ている。
というのも、朝鮮労働党機関紙である労働新聞の編集が、以前なら考えられなかったほどざっくばらんな形になっているのだ。たとえば、朝鮮人民軍の新兵器の写真をタテ・ヨコ・ナナメから撮りまくり、それを何枚も掲載しているのである。
一介の編集幹部がこんなことをすれば、誰かに政治的に足をすくわれ、ヘタをしたら命にも関わってくる。そのため最高指導者が直々に指揮を取らなければ、恐ろしくて誰もこんな編集はできないのだ。
北朝鮮のメディア戦略を正恩氏が直接指揮していると考える根拠はまだまだあるが、それについては、日を改めて述べることにしたい。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。