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[キム氏とのインタビューの内容]

軍の幹部として13年間勤務, “仕事も配給もない”

- 軍官としていつまで勤務し、いつ中国に来たのか?

今年の年初まで軍官として勤務していた。中国には9月初めに来た。中国の三合で警備隊の下士官に人民元1,000ウォンを渡し、豆満江を越えた。私を渡してくれた人は知り合いで、私が何かと助けてあげた人なので、人民元1,000ウォンだけでそのまま通してくれた。

- 軍官として暮らし、北朝鮮からの脱出を決心した直接の動機は?

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両親が暮らしてきたこれまでの日々を顧みて、30歳になって考えて見たら、軍官として暮らすということに希望がまったく見えなかった。それで‘除隊申請書’を出して除隊した。除隊した後社会に出たが、私が想像していたよりもずっと見通しが暗いと感じるようになった。今年は私が勤務していた平壌でも飢え死にする人がいるほどひどかった。地方は言うまでもないし…。

30年以上軍に服務したが、領官(佐官)級以上の人たちもなかなか国家から家をもらえないのに、私たちのような尉官級はどうしようもない。軍官学校(将校養成学校)の卒業証明書などは社会で認定もしてくれず、配給もないから当面の生活に困って…朝鮮には何の希望もない。だから、脱北を決心した。

- いつ入隊したのか?

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1995年度に入隊して、5年間下士官として勤務した。服務していた時、政治指導員が軍官学校に推薦してくれて、運良く軍官学校に行けることになった。2000年に軍官学校に入った。軍官学校を卒業(2年)して、部隊に配置されてずっと軍官として服務した。

- 軍官学校はどのような人が行けるのか?

誰でも行けるわけではないし制限が多い。まず、土台(出身成分)を見る。身元確認をして合格した人、これまで特別な事故にあった経験がない人。こうした過程を経て身分上問題がないと証明されるか、政治指導員が模範軍人として推薦すれば試験を受けられる。年は23~26歳の間でなければならない。自然科目や文学、体力試験などの試験を受けるが、それはあまり重要でない。重要なのは賄賂だ。希望者は多くて人数は制限されているから、(賄賂を)たくさん貢いだ人が合格できる。

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- 軍官学校の希望者が多い理由は何か?

一般の下士官は除隊した後、故郷に帰っても耕作以外に特別にできることがない。国が企業所に送ってくれるわけではなく、農村に配置されることが多いため、ほとんどの人が農業をして暮らすようになる。けれども軍官になって除隊すれば、自分の故郷や希望する市(都市)に行くことができる。昔は仕事も斡旋してくれたが、今は大きな人(高位将校)でなければ職業などは解決してくれない。だから、軍官になりたかった。でも今は、(該当地域に)配置されても国が職業も斡旋してくれず、配給もないから軍官になるという人はあまりいない。私もOO市にある企業所に指導員として配置されたが、配給と労賃がなくて出勤もしなかった。

軍官(将校)の月給は2,800ウォン, “買えるのは豆腐1丁と酒1,2瓶だけ”


- どこで何年間勤務したのか?

平壌のヒョンジェ山区域にある部隊に服務した。平壌の首都防衛司令部に所属し、部隊はヒョンジェ山の近くにあるが、軍官として6年間働いた。軍官級はいわゆる中尉、上尉、大尉の順に上がるが、除隊した時私の階級は上尉だった。

- 軍官の給料はいくらか?

2008年には、上尉は(朝鮮の貨幣で)1ヶ月2,800ウォンもらっていた。少尉は2,300ウォン、中尉は2,500ウォン、大尉は3,000ウォンもらえる。月給は少ないけれど、それでも軍隊では配給が出るから暮らせる。

- 1ヶ月2,800ウォンをもらうと、主にどう使うか?

給料で買えるものがあるだろうか? 給料をもらったら友逹と豆腐1丁と酒1,2瓶を買って飲む。それですべて無くなる。給料は酒でも1杯飲みなさいともらえるお金に過ぎない。

- 一般の軍部隊の物資の供給状況はどうか?

なさけない。服や靴どころか、供給もきちんともらえない。私の記憶では2005年以後、供給状況が一層悪化した。この2年間はほとんど供給がなかったようだ。情けない。

- 軍部隊では食糧がきちんと配給されるか?

A. 私たちの部隊はそれでもよい方だった。兵士には1食分としてトウモロコシが230g出るが、これを米にしたら200g弱になる。おかずには大根の漬物が3、4きれ、白菜の塩汁が出る。軍官は白米やトウモロコシが5:5で出てきて、あとは同じだ。そのため軍人の中には虚弱な人と栄養失調にかかった人が多い。

- 部隊にいた時、虚弱な人は大勢いたか?

私が部隊にいた時、1個中隊120人のうち30~40人は体が弱かったと思う。栄養失調だ。部隊で飢え死にする人はいなくても、骨に皮だけが残っていて病院に入院して病気になって苦しむ人は多い。去年は平壌で水害があり、今年の配給量がかなり減ったので、体が弱い人はもっと増えるだろう。

- 軍部隊内の電気の事情はどうか?

それでも軍の部隊は電気がよくつく方だ。だいたい、24時間のうち18時間は入って来ていたようだ。私たちの部隊は平壌市内で電気がつく時間は、いつも電気がついていた。今年は平壌の電気の状況がよく、軍隊も例年と比べて電気の事情がよかった。

- 施設はどうだったか?

横になることができるベッドとロッカーがあるくらいだ。私たちの部隊では今年初めにテレビとDVDを新しいものに替えた。それ以前はCDを入れるものではなく、テープが使えるものだったが、最近CD用に替えた。主に教育のために使う。DVDは全部中国製だ。それ以外に水飲み台があって…それくらいだ。