昨日の記事で「金慶喜(キム・ギョンヒ)が北朝鮮の公式メディアから削除されたことが判明した」と書いたが、この件について続報が出た。北朝鮮情報をモニタリングしているラヂオプレスによると今月11日に、金慶喜氏の映像が放映されていたことが新たに分かったという。では、なぜ金慶喜氏の登場場面が削除されるような事態が起こったのだろうか。実は、削除された映像の対象は金慶喜氏ではなく、文京徳(ムン・キョンドク)だったというのがラヂオプレスの見方だ。
つまり、文京徳の映像を削除するために、映り込んでいた金慶喜氏も同時に削除しなければならなかったという。文京徳は、張成沢派の一人であり粛清の余波はまだ続いていると見るべきだろう。一方、金慶喜氏は映像でも流れたことから処刑はされていないようだ。やはり「自ら、表舞台から退くことを望んだ」のであり、政治には関わらない立場にいると思われる。
朝鮮労働党の書記や平壌市党委員責任書記も勤めた文京徳が映像から削除されたとすると、単なる粛清ではなく「処刑」された可能性も出てくる。北朝鮮では粛清されたり、処刑された場合、その存在の痕跡を一切削除するという極めて旧社会主義的な方法を取るからだ。
張成沢の場合、処刑されてから時には不自然な加工までされて公式映像から徹底的に痕跡が削除されたことは記憶に新しい。
しかし、サイトならともかく、次から次へと粛清される人物の痕跡を削除しなければならない朝鮮中央テレビのイルクン(働き手、活動家)達は相当大変な作業をしていることだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面私は一時期テレビ番組の制作現場にいたことがある。つい先日も、韓国・珍島沖で発生した旅客船沈没事故を伝えるニュース番組制作現場に通訳として立ち会う機会があった。オンエアのギリギリまでハードワークをこなすテレビマン達を端から見ながら、改めてテレビ番組制作の苦労を思い知った。
朝鮮中央テレビの制作現場でも、死にものぐるいで「粛清人物の削除作業」がされていることは想像に難くない。おそらく日本のテレビ制作現場と同じく、怒号が飛び交うなかで編集作業をしているのではなかろうか。
北朝鮮でテレビ番組制作現場にいたこともある脱北者によると、「朝鮮中央テレビは、編集ブースも限られているので、日頃のニュースをこなすのも大変だった」という。放送内容やコンテンツの絶対量では比べものにならない差があるものの、このあたりの制作現場の苦労は日本のテレビマン達も共感できるだろう。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面まして、北朝鮮では「検閲」という恐ろしい過程を経なければならない。日本でいうところの「P チェック(プロデューサーのチェック)」というやつだが、人生が左右されるかもしれないプレビューという意味では大きく違う。さらに、朝鮮中央テレビは、北朝鮮本国以上に、目の肥えた世界中のメディアや各国の諜報機関、そして世界中の北朝鮮マニア(日本ではチョソンクラスタといわれる)」が「一瞬たりとも異変を見逃してなるものか」とギラギラした目を光らせているのだ。ネタになりそうな映像や画像が流れれば、瞬時にツイッターやフェイスブックにアップされ、大いに盛り上がる。例えば、下の画像のように。
万が一、誤って最高尊厳(=金正恩同志)を傷つける映像でも流そうもんなら・・・その無慈悲な代償を想像しただけでも、そら恐ろしくなる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面金正日は、日本映画の「男はつらいよ」を好んだと言うが、北朝鮮のテレビ番組制作の現場からも嘆き節が聞こえてきそうだ。
「朝鮮中央テレビマンはつらいよ」と。
高英起(コウ・ヨンギ)
1966年、大阪生まれの在日コリアン2世。北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。北朝鮮問題を中心にフリージャーナリストとして週刊誌などで取材活動を続けながら、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に 『脱北者が明かす北朝鮮』 、 『北朝鮮ポップスの世界』 (共著) 、 『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』 、 『コチェビよ、脱北の河を渡れ ―中朝国境滞在記―』 など。