人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

“李明博政府は、‘北朝鮮の人権状況がどうだ’と言葉だけは多いが、政策や政府の組職の構成、予算の部分で、私たちが満足できる点は見つからない。‘北朝鮮の人権’を口先だけで語っていると感じる”

‘北朝鮮民主化運動本部’(運動本部)のキム・テジン代表が16日、‘デイリーNK’とのインタビューで、北朝鮮の人権の改善のための李明博政府の歩みに対してこのように語った。

多くの脱北者団体のうち、北朝鮮の人権と民主主義の実現のために、最も活発な活動をしていると評価されてきた‘北朝鮮民主化運動本部(運動本部)’のキム・テジン代表に、ソウルのケポ洞にある同団体の事務室で会った。

運動本部は2003年、‘政治犯収容所解体運動本部’として出発したが、当時統一部が、‘金正日を刺激する名称’という理由で団体登録に難色を示し、‘北朝鮮民主化運動本部’に名称を変更した。

そのため、運動本部は最近、団体の目的をはっきりとさせるため、 ‘政治犯収容所解体運動本部’という名称に再度変更する計画を立てている。

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

[次はキム・テジン代表とのインタビューの内容]

- 運動本部が結成されてから5年経った。この間の活動を振り返るとしたら?

“5年間、試行錯誤をたくさん経験し、団体の方向性が崩れた時もあった。だが、5年前も今も変わっていないことは、20〜30万人と推定されている、北朝鮮の収容所に閉じこめられている人々が、想像を絶する人権蹂躙にあっているという点と、私たちの団体が、非人間的な扱いを受けているこうした人たちを助けなければならないという使命だ。特に、私たちはそこで暮らしたことがある者として、先頭に立って働かなければならないと思う”

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

- 北朝鮮の政治犯収容所と聞くと、姜哲煥氏や安赫氏がまず思い浮かぶが。

“この間、政治犯収容所と言うと、姜哲煥や安赫を思い出す人が多かった。‘収容所について知りたいことがあれば、姜哲煥に質問すればよい’というほどだった。それだけ、活動の初期には姜鉄丸とアンヒョックの個人活動が重要だった。

だがこれからは、個人の講演会や証言よりは、体系的な活動が必要だ。3月には、北朝鮮の監禁施設で恣行されている拷問の実態を調査して発表した。今は、国連や国際社会に、北朝鮮の収容所の現実に関して調査した資料を伝える使節団活動を計画している”

人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面

- 今後の活動計画は?

“この間、私たちは収容所の実態を告発して証言する活動に力をつくしてきた。だが、時間と空間が不足していたため、私たちの内容を十分に伝えることができなかった。海外での活動は、英語の語学力が不足しているため困難が多い。信頼できる通訳と一緒に行っても、私たちが言いたいことを全て説明することができなかった。‘サンドイッチの中’にいる気分だった。これからは、自らの活動能力を高めるために努力したい。

13日に日本で結成された、‘北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会’に参加したのも、そうした問題意識の延長だった。日本だけでなく、イギリスやフランス、アメリカ、ドイツでも、政治犯収容所を解体するための国際的な連帯活動を展開したい”

- 日本の‘北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会’はどのような団体か?

“‘北朝鮮強制収容所をなくすアクションの会’は、英語で‘No Fence In North Korea’、略して‘No Fence’という団体だ。小沢木理さんと砂川昌順さんが共同代表に就任されて結成された団体であり、私たちと目的が同じだ。‘No Fence’も、北朝鮮に存在する強制収容所を1日も早く撤廃するために努力するという、共通の目的を持っている。交流を続け、今後、共同の活動を計画するという意味で、収容所の経験者や拷問の被害者12人の参加団が、13日に日本に行って来た。2泊3日の間、強い連帯意識を感じた”

- 新しく出発する運動本部は、どのように運営されているのか?

“2007年11月28日に代表に就任した。組職の構成は代表、副代表、事務局、政策チーム、組職チーム、広報チーム、女性福祉チームで、6人が事務室に来て仕事をしている。今、私たちが使っている事務室は、これまでの事務室をこれ以上使うことができない状況になったため、志を共にする収容所出身の脱北者6人が100万ウォンづつ、600万ウォンを集めて引っ越した。今は毎月の運営費も、一人一人がお金を貯めて活動している状況だ。現在、運動本部が独自の活動をするのは大変であるため、代案として考えていることは、北朝鮮人権団体と一緒にコンソーシアムを構成して、事業を共同で運営する方案であり、そのための活動を推進している。

2003年に初めて団体を作った時、‘政治犯収容所解体運動本部’として出発した。だが当時、統一部が、‘金正日を刺激する名称’という理由で、団体登録に難色を示し、‘北朝鮮民主化運動本部’に名称を変えた。これからは、団体の目的をはっきりとさせるために、統一部で再度‘政治犯収容所解体運動本部’に名称を変更する計画だ”

No Fenceの発足記念発負?ヘ、Net Live(www.netlive.ne.jp)のホームページでご覧になれます。