金正恩政権はどうなるだろうか?


2014年の一年間、北朝鮮情勢はどうなるか?権力内部は安定するだろうか、不安定になるだろうか?金正恩自ら、核問題の解決策を中国に提示し、中国の習近平と初首脳会談をするようになるだろう?それとも、結局、韓米日の非核化先措置要求を無視し、4次核実験、長距離ミサイル打ち上げ、対南挑発を行うだろうか?


筆者は、2014年から2018年までを北朝鮮を’五年霧中’の時期と見ている。北朝鮮情勢には何一つ鮮明なところが見えず、霧の中で行く道を捕らえられないまま行くだろうと思う。


金正恩の恐怖政治が、短期的には効果を発揮し、崔龍海、チョウ・ヨンジュン、ファン・ビョンモなど新権力グループが最大限にそこに入り込み補佐をすることになるだろう。


恐怖政治は、猛威をふるいながらどんな様相を見せるだろうか。金正恩の恐怖政治から自由な人々-金正哲(ジョンチョル兄)、汝貞(ヨジョン妹)、雪松(ソルソン異母姉)など金正恩の家族、これが隠れた実勢権力で登場することは明白だ。叔父を殺した金正恩が誰を信じられるだろうか?自分の直系の家族以外にはない。崔龍海など新権力グループにも疑いを持ち、ある程度以上に信じることはないだろう。


金正恩が張成沢を処刑は、金正日の作ろうとした三代世襲権力告}に矛盾する。金正日は死ぬ3年前から三代世襲の安定したレールを敷いて置くために多くの布石を敷いた。


2010~2011年、3回も中国訪問し、朝中間の’代を引き継いだ血盟’の確認のため、会見を渋る江沢民前主席に’謁見’するため病気がちでありながら遠い距離を往復した。


金正日が布石を敷き安定した体制告}をとるために、まず中国との関係を最大限に維持するものだった。金正日は中国との関係改善のために 15年の間維持した先軍路線を党を優先視する路線に方向を振った。2010年9月28日の第3次党代表者会の結果を見れば金正日の意図が現れている。


金正日は、張成沢、金慶喜が幼い金正恩を補佐してながら、崔龍海を金一家の執逹吏に抜擢し軍を管理統制するつもりだった。そして金泳南を含め、金日成ファミリ権力を蔑ろにできない朴奉珠(パク・ボンジュ)、朴道春(パク・ドチュン)、金己男(キムギナム)、崔泰福(チェテボク)、金養建(キム・ ヤンゴン)など専門官僚テクノ−クラトが代を引き継ぎ、忠実に金正恩を補佐する告}を描いていた。


にも関わらす金正恩は自分の権力基盤である張成沢を殺してしまった。指導者として準備不足の素人が生涯の政治家の師父を斧で打ち殺したのだ。それもわずか2年という短い期間で。金正日がいくら金正恩に”張成沢もすっかり信じこむな”と繰り返し念を押していたとしても、金正日が生きていてこの体たらくを見たら何と言うだろうか? 2009年、金正日が貨幤改革で自ら泥沼にはまり込んだように、金正恩も自分の気質に勝つことができず、自ら自分の権力の動脈を切ったのだ。


2014年、金正恩の恐怖政治がある程度効力を発するであろう。全党・全軍・全国民に圧力をかけ、いわゆる張成沢系に対する調査、拘束、非公開処刑などが続くであろう。


党・軍・政幹部を相手に賞と罰で確実な格差を見せつけ、時には金正日の見様見真似で仁徳政治、広幅政治を小出しにしながら掌握力を高めようとするだろう。


しかし、金正恩がいくら金日成や金正日の真似をしても、内に問題が積まれた状態で現実に効力を発揮しるだろうか?人は自分が事物と現象を理解する水準で判断し行動する。金日成は金日成の水準で事物を理解判断し政治行為をした。金正日も同じだ。自分が分かる範囲で判断して行動するのだ。


30歳の金正恩も同じだ。自分の考えや見たとおりに行動している。スイスで自分が見たとおり馬息領スキー場、文殊ウォーターパークを作るのはその良い例だ。経済の循環のためには国の門を開き、生産-消費-分配-再生産-拡大再生産のサイクルを作るべきである事実を金正恩が知るすべもなく、また苦労して知ろうとすることもない。ただ、誰か経済事業を失敗すれば撤職か罪を被せて殺せば良い。北朝鮮の経済を回生しようとすれば開放しかないのに、開放に向かい悪い結果が現われれば経済責任者を殺すのだ。巨大な矛盾だ。


金正恩がいくら特区や13経済開発区の投資誘致を叫んでも、核を握りしめアメリカと対決する北朝鮮に誰が投資をするのか? 結局、遠くない未来に朴奉珠や 郭範基(クァクボムギ)、または他の人物を経済事業の失敗という責任をかぶり、キム・ジョンウ(金日成時期)、ソ・グァンヒ、パク・ナムギ(金正日時期)、張成沢(金正恩時期処刑1号)のように、首領の政治生命の見代わりになることは、火を見るよりも明らかだ。


張成沢が消えたことで金正恩の権力がさらに強まると主張する一部専門家、一部言論の社説・コラムを見て、その知的思考力の水準がお粗末だというしかない。


現実は北朝鮮全体主義首領独裁体制が末期に向かって走りだしているの。我々がこの時期に尾も起こさないといけないことは、全体主義とは他の道を選択せずしては崩壊するようになっているという教訓だ。多元化された社会は、ある一つの軸が崩れても他の軸で支えることができるが、全体主義社会は、頂点に問題が発生すれば、その横と下で支える軸がないのである。

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