金正恩総書記に「息子がいる」という説は、これまで断続的に浮上しては消えてきた。2024年2月、韓国紙・中央日報は次のように報じた。

英大衆紙デイリーメールが23日に伝えたところによると、チェ・スヨンと名乗る元韓国国家情報院職員が北朝鮮消息筋の話として「長男の容貌が身体的に魅力的でなく金委員長が息子を大衆の前に公の席に出さずにいる」と主張した。
チェ氏は「ふくよかで栄養状態が良く見える父や妹と違い、(金委員長の)息子は青白くやせているという。息子は曽祖父である金日成(キム・イルソン)主席と全く似ていないと聞いた」と話した。

だが、この証言は実は新情報ではなく、韓国英字紙『The Korea Times』が前年11月にすでに報じていた内容の焼き直しだった。金正恩氏の「息子存在説」が、確証を伴わないまま拡散してきた典型例と言える。

北朝鮮の最高指導者一族の私生活は厳重なベールに包まれ、外部が実態を知る手段は極めて限られる。その空白を埋めるかのように、脱北者証言や情報機関関係者の推測、海外メディアの憶測が積み重なり、「息子がいるらしい」「いや存在しない」といった情報が錯綜してきた。

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しかし近年の動きを見ると、後継を巡る軸足は明らかに娘の金ジュエ氏へと移っている。軍事パレードや重要施設の視察、国葬級行事への同伴など、国家的イベントへの帯同は、北朝鮮において「後継候補」であることを内外に誇示する最も分かりやすいシグナルだ。ジュエ氏はその舞台に繰り返し登場し、すでに「次代の象徴」として扱われつつある。一方で、息子とされる人物は一切、公の場に姿を現していない。

仮に息子が実在するとしても、なぜ完全に沈黙が保たれているのか。健康状態や年齢の問題、あるいは権力継承の戦略上、表に出す必要がないという判断があるのかもしれない。だが、北朝鮮体制の特質を考えれば、後継者候補は早期に「演出」されるのが常道だ。そうした演出が皆無である以上、少なくとも現時点で、息子が後継路線から外れていることはほぼ確実だろう。

結局、「息子存在説」は、閉鎖国家ゆえの情報空白が生んだ蜃気楼に近い。娘ジュエ氏の存在感が増すほど、その影は薄れ、いつの間にか話題の周縁へと追いやられていくのだ。