北朝鮮の金正恩総書記が、まだ十代前半と見られる娘・ジュエ氏を国際社会の前に積極的に登場させている背景には、単なる父親としての愛情や権威演出以上の、より深い動機が潜んでいる可能性がある。それは、彼自身が経験した「血塗られた権力継承」の記憶だ。

2010年、金正恩氏は父・金正日総書記の後継者として公式の場に姿を現した。しかし当時、世界はおろか、北朝鮮国内ですら、彼がどのような人物なのかをほとんど知らなかった。年齢も若く、政治経験も乏しいと見られた新指導者は、党や軍、治安機関の幹部たちから本当に統治能力があるのか、疑問の目で見られていた。

独裁体制において、後継者の「正統性」と「能力」への疑念は、命に直結する。挑戦者は公然と、あるいは水面下で現れ、権力闘争は苛烈さを増す。指導者自身もまた、疑心暗鬼に陥り、周囲を信用できなくなる。その結果として行き着く先が、粛清であり、恐怖政治である。

金正恩氏が権力掌握後、叔父の張成沢氏を処刑し、玄永哲国防相を公開処刑し、数え切れないほどの党・軍幹部を粛清してきたのは、その象徴だ。極め付きは、異母兄・金正男氏の暗殺である。血縁こそ危険だという事実は、北朝鮮権力構造の非情さを世界に示した。

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こうした暴力的な過程を経て、金正恩氏はようやく権力を安定させた。だが、その代償として、彼自身の中に消えない恐怖と不信が刻み込まれた可能性が高い。自らが通ってきた「地獄の道」を、娘にも歩ませることになるのではないか――その不安が、彼を突き動かしているのではないか。

娘・ジュエ氏を早くから「後継者候補」として内外に印象づけることは、体制内部に対する強烈なメッセージとなる。「次の指導者はこの子だ」という既成事実を積み重ね、将来の権力闘争の芽を、できる限り事前に摘み取る狙いが透けて見える。

しかし、それが成功する保証はない。北朝鮮の権力構造は、個人の意思だけで制御できるほど単純ではない。経済悪化、軍部の不満、エリート層の利害対立が絡み合えば、たとえ“王女”であっても、苛烈な挑戦にさらされる可能性は消えない。

金正恩氏が娘を前面に押し出す姿は、絶対権力者の自信の表れというより、むしろ自らが生き延びた血塗られた歴史への恐怖と、そこから逃れたいという切実な願いを映し出しているようにも見える。独裁王朝の三代目が、初めて直面する「父としての不安」。それが今、北朝鮮の政治舞台に、かつてない形で影を落としている。(編集部/金賢)