韓国統一省が明らかにしたところでは、2025年に韓国へ入国した脱北者は224人とされ、「平年水準に戻りつつある」と報道したメディアもある。しかし、この表現には注意が必要だ。直近の数字だけを見れば2023年(196人)、2024年(236人)から微増しており、コロナ禍後の底からは回復基調に見える。だが、2019年の1047人、あるいは最多だった2009年の2914人と比べれば、依然として極めて低水準にとどまっている。

この背景には、北朝鮮側の国境統制の強化がある。コロナ禍を機に導入された厳格な封鎖体制は完全には解除されておらず、国境地域では射殺命令を含む強硬な監視体制が続いている。住民が物理的に国境へ近づくこと自体が難しく、脱北のハードルは以前より格段に高い。

加えて、中国の国内監視体制の高度化も大きな要因だ。監視カメラ網に顔認識ソフトを組み合わせたシステムが全国規模で運用され、北朝鮮から逃れても中国国内を長距離移動することが極めて困難になっている。結果として、韓国への亡命が可能な第三国に到達できず、中国国内で摘発・送還されるリスクが高まっている。

実際、昨年入国した脱北者の多くは、数年前に脱北し第三国に長期滞在した後、時間をかけて韓国入りしたケースとみられ、北朝鮮から直接入国した例はごく少数に限られる。
今後も状況が大きく改善する兆しは乏しい。外交官や海外派遣要員など、比較的移動の自由度が高い層による少数の亡命は続く可能性があるものの、一般住民の脱北は引き続き困難だろう。その結果、北朝鮮内部の実情を外部が把握することは、ますます難しくなっていくとみられる。

脱北者の入国者数が低水準にとどまり、北朝鮮内部の情報流入が細る状況は、人道問題にとどまらず、日米韓にとって無視できない戦略的リスクをはらんでいる。北朝鮮はすでに事実上の核保有国として振る舞い、弾道ミサイル発射や核戦力の高度化を通じて、周辺国への敵対姿勢を強めている。その一方で、外部が北朝鮮社会の実態を把握するための重要な情報源であった脱北者の流入は、かつてないほど細っている。

脱北者は、体制内部の空気感や経済状況、軍や治安機関の実情を伝える「生のセンサー」だった。入国者が激減し、その多くが数年前に脱北した人々で占められる現状では、韓国や同盟国が得られる情報は時間的に遅れたものになりやすい。これは、北朝鮮の政策転換や内部不安、偶発的危機の兆候を察知する能力が低下することを意味する。

とりわけ問題なのは、核武装国家となった北朝鮮が強い閉鎖性を保ったまま、外部との対話や情報の接点を極限まで減らしている点だ。体制の内情が見えないまま軍事的緊張だけが高まれば、誤認や誤算のリスクは増大する。抑止と対話のバランスを取るうえでも、相手の意思決定構造や国内事情への理解は不可欠だが、その基盤が徐々に失われつつある。北朝鮮問題は「危険だが見えない」という、より扱いにくい段階に入りつつある。