その間、Aさんの遺体は正式な報告や手続きもないまま、中国人の夫とその家族によって慌ただしく埋葬された。後になって現れた公安は、事件を「家庭不和による単純な出来事」として処理し、静かに幕を閉じた。

情報筋は、「Aさんの悲劇的な人生と死は、ブローカーを通じて国境地域の恵山市にも伝わった。住民たちは『なぜもっと早く韓国へ行かなかったのか』と嘆き、深い悲しみに包まれていた」と伝えた。

とはいえ、韓国行きがかつてと比べ困難さを増しているのは前述したとおりだ。韓国行きを試みて失敗し、北朝鮮に強制送還されれば、いっそうひどい扱いを受ける。

(参考記事:【写真】行き先は「処刑台」か…闇の中を進む北朝鮮女性ら15人

中国に潜伏している北朝鮮女性すべてが、Aさんのような不幸な境遇にあるとは限らない。しかし、法の保護を受けられない身の上である以上、虐待や犯罪に対してぜい弱な地位に置かれているのは間違いないだろう。

問題は、こうした脱北女性たちの実態把握すら行おうとする主体が見当たらないことだ。北朝鮮政府がやるわけもないが、憲法上は北朝鮮住民を自国民としている韓国政府にも動きはない。だが、数万人から10万人以上とされる規模が本当ならば、その信ぴょう性が高まるだけでも、北朝鮮と中国の人権問題に対しては新たなインパクトを与えるはずだ。

もっとも、それが裏目に出て、中朝両政府による摘発と人権侵害が激化しかねないというリスクも存在するのだが。