北朝鮮の崔善姫(チェ・ソニ)外相は対米外交の第一人者であると同時に、唯一の存在とも言える。他の人たちは引退したためだが、「人生から引退させられた」人物もいた。
その一人が韓成烈(ハン・ソンリョル)元米国担当外務次官だ。
2023年11月に脱北し韓国に亡命したリ・イルギュ元駐キューバ大使館参事は朝鮮日報とのインタビューで、次のように語っている。
「韓成烈は『米国スパイ』という容疑で公開処刑された。2019年2月12日だったか、(平壌順安空港近くの)姜健軍官学校に外務省副局長以上の幹部を集めて銃殺現場を見させた。 私はその時、キューバの発令を受けるために抜けた。銃殺現場を見た人々は、何日も食事がのどを通らなかったと言っていた」
(参考記事:【写真】玄永哲氏の銃殺で使用の「高射銃」、人体が跡形もなく吹き飛び…)外交の表舞台での姿とは異なり、崔氏はとても穏やかで聡明、対人関係も非常に円満だと、2019年に韓国に亡命した元クウェート駐在北朝鮮大使代理のリュ・ヒョヌ氏が、米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)とのインタビューで証言している。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面そんな崔氏の甥を騙り、詐欺を働いていた男性が保衛部(秘密警察)に逮捕された。
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、逮捕されたのは黄海北道(ファンヘブクト)沙里院(サリウォン)出身の30代男性だ。
彼は、平壌外国語大学の卒業生であることから、紛れもなきエリートなのだが、どこで同道を踏み外したのか、詐欺師となってしまった。自身の姓が外相と同じ崔であることを利用して、こんな手法で詐欺を働いていた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面まず、高級なスーツを着て、搾取したカネを使って羽振りの良さを見せつけ、幹部やトンジュ(金主、ニューリッチ)に接近する。幹部の専用車のドライバーにもチップを手渡す。
そして、その中から受験を控えた子どもを持つ親に接近する。そして、「私は崔善姫同志の甥で、現在外務省で幹部事業(幹部の人事)を行う部署で働いている」と語り、「大学に合格させてやる」と持ちかけて、多額の現金を騙し取るというものだった。被害額は1年で6万ドル(約898万円)に達するという。
コネとカネが物を言うのが北朝鮮の現実だ。最高学府である金日成総合大学の入試問題ですら、カネで買うことができるほど「汚受験」が蔓延している現状で、そんな話を持ちかけられれば、食指が動くのも無理はないだろう。
(参考記事:「カネとコネ、階級」で合否が決まる北朝鮮の大学入試)人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面
詐欺師の崔氏は首都・平壌はもちろんのこと、咸鏡北道(ハムギョンブクト)、咸鏡南道(ハムギョンナムド)、両江道にも足を運び、カネとコネを持つ人にアプローチして、その話術でカネを騙し取っていた。
依頼者から「結果はどうなったんだ?」と責められると、連絡を絶って別の地方に移動する。裏口入学の依頼ということもあり、多くの人は泣き寝入りしていたようだが、怒りのあまり、諦めきれなかった何人かが彼の経歴と背景を調べ上げ、詐欺師であることを暴いた。
(参考記事:北朝鮮「湧き水」ビジネスを舞台に繰り広げられた詐欺事件)崔氏は昨年9月、両江道の三池淵(サムジヨン)に現れ、同じ手法で詐欺を働こうとしていたところを、地元の保衛部に逮捕された。保衛部は、崔氏が脱北する可能性があると見て動いたと、情報筋は見ている。
取り調べの結果、崔氏が、崔善姫外相の甥を詐称していたことが大きく働いたと、保衛部は判断している。バックに権力者が本当についているかもしれず、下手に騒ぎ立てるとどんな報復を受けるかわからないと、被害者に思い込ませたことで犯行の発覚が遅れてしまった。
崔氏は今後、居住地の沙里院に身柄を移されることになっており、軽い処罰では済まされないだろうと情報筋は述べた。また、彼と親しくしていた人々も捜査の対象となっている。
もちろん、この件と崔善姫氏は何ら関係がないが、詐欺師に名前を使われてはたまったものではないだろう。