「妻を外出させず家で家事だけさせていた」
妻をコントロール下に置き、自由を奪う。典型的なモラハラ夫の手口だが、北朝鮮の警察官が、ついには妻の命まで奪ってしまった。事件の詳細を咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
事件が起きたのは今年4月末のことだ。清津(チョンジン)市安全部(警察署)傘下の労働鍛錬隊(刑期の短い受刑者用の刑務所)の担当指導員だったキムは、出張を終えて、自宅へと夜道を急いでいた。
すると、途中でほかの男性と一緒にいる妻の姿を見かけた。妻と男性がどのような関係だったかは不明だが、キムはこう思ったという。
「妻には商売もさせず家事だけをさせてきたのに、他の男といるのを目撃して、怒りの感情が込み上げてきて手が出てしまった」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面キムは結局、妻を死に至らしめた。
安全員は、以前と比べて量が減ったとは言え、食糧配給を優先的に受け取り、ワイロを得る機会も多いことから、一般庶民よりは相対的に豊かだ。それでも、妻が商売をしなければ一家の生活が成り立たないのが一般的だ。
「武士は食わねど高楊枝」だったのか、キムは妻を家に閉じ込めて、自分の収入だけで生計を立てていたようだ。それもこれも、妻が商売をすると、他の男性と会う機会があるからだろう。人間関係まで徹底して管理下に置こうとするモラハラ夫の典型である。さらに、逮捕された後の言い訳も同様だった。
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妻にさんざん暴力を振るった後、態度を一変させて優しく接し、しばらくして気に入らないことがあればまた暴力を振るう。妻に申し訳ないと思う気持ちはなく、妻を引き止めて支配下に置き続けたいという気持ちの現われだ。命を奪っても、過ちは他の男性と会っていた妻の方にあり、自分は全く悪くないとでも言うのだろう。
現職の安全員であるキムは、一般国民とは異なり、安全部の監察課と予審課で取り調べを受け、社会安全省(警察庁)特別保安局から処分を言い渡される。結果がどうなるかはまだわからない。ちなみに刑法307条(発作的激憤による殺人罪)は、被害者の暴行、または著しい冒涜で激憤した状態で殺害した場合、労働鍛錬刑(懲役刑)3年以下、罪状の重い場合は3年以上8年以下となる。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面事件の噂を耳にした清津市民の反応は様々だ。
「法律を扱う者が殺人を犯したのだから処刑すべき」
普段から当局の厳しく乱暴な取り締まりなどで、安全員に恨みを持っている人の発言だろう。こういうケースで安全員の肩を持つ市民は珍しく、罰が下れば「スッキリした」とのリアクションを示す人が多い。
(参考記事:「報復殺人」で警察官70人が犠牲も…金正恩体制の“秩序崩壊”)一方でこんな反応もあった。
「夫に守られ良い生活をしていたのだから余計なことを考える」
これは典型的なヴィクティム・ブレーミング(被害者非難)だ。責任者は加害者の方にあるのに、被害者の行動をあげつらって非難する。女性が性暴力被害に遭った場合に起きやすいものだ。
北朝鮮では、性暴力被害に遭った女性の方を非難する社会的風潮が存在する。国際的人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)の調査に応じた、脱北した女性教師は、北朝鮮における女性の地位の低さを嘆く一方で、性暴力の被害女性についてはこんなことを言い放った。
「レイプされたのは、女が愛嬌を振りまいていたからだ」
(参考記事:実は「性暴力の天国」だった金正恩の「革命の聖地」)