「ずっと休んでていいよ」
会社の上司からこんなことを言われれば、事実上の戦力外通告と受け止めていいだろう。しかし、北朝鮮の国営企業では、主力選手にこそ休みを取らせるのだ。一体どういうことだろうか。平安北道(ピョンアンブクト)のデイリーNK内部情報筋が詳しく説明した。
情報筋の勤める国営企業では、今年2月から長期休暇を取る従業員が目に見えて増加した。それも上司からは「大歓迎!」と言われる始末。その理由は「8.3」にある。
「8.3」とは、故金正日総書記が1984年8月3日、軽工業製品展示会で廃材をリサイクルした人民消費品(生活必需品)の製造を指示したことに由来する。リサイクル製品を「8.3製品」と呼ぶようになったが、質が悪かったことから「偽物」や「安物」という意味に転じた。
さらにそこから「8.3ジル」または「8.3ポリ」と呼ばれる単語も派生した。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今年4月に大幅な賃上げが行われるまでは、朝鮮労働党の機関、軍需工場など一部を除く一般的な職場の月給は、子どもの小遣い銭くらいの額にしかならず、それだけではとても生活ができなかった。そこで、職場にワイロを払って出勤したことにしてもらい、空いた時間で商売をして収入を得ることを「8.3ジル」などという。
ちなみに、北朝鮮で長期の無断欠勤は違法行為だ。
行政処罰法第90条(無職、遊び人行為)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面正当な理由なく、6カ月以上派遣された職場に出勤しなかったり、1カ月以上離脱した者は、3カ月以下の労働教養をさせる。罪状の重い場合には、3カ月以上の労働教養をさせる。
ところが今年に入ってからは、ワイロは要らなくなり、儲けの一定額を上納するだけでよくなった。
各企業は、計画経済の中枢機関である国家計画委員会から、売り上げ課題(ノルマ)を課せられているが、国の流通網が正常に稼働していなかったり、原材料を購入する予算がなかったりして、生産が行えない。その代わりに従業員に商売をさせ、上納された現金で数字合わせをして、ノルマを達成できたかのように報告するという仕組みだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面当局は度々取り締まりを行っているが、8.3ジルができなくなれば、企業も従業員も困るだけで誰も得をしないので、あまり効果がないようだ。
(参考記事:北朝鮮が繰り広げる「無職者を殲滅するたたかい」)平安北道の某国営企業所属で、8.3ジルをしているキムさん(仮名)は次のように語った。
「配給や生活費(月給)が出ないので、各々が独自に金儲けをしなければならない。私は、中国から注文を受けた(つけまつげやかつらの)加工、薬草、山菜取り、運び屋、商人の手伝いなどをしている」
運び屋などの単純な仕事なら日給は1万5000北朝鮮ウォン(約270円)、つけまつげやかつらの加工は中国人民元で15元(約330円)になり、通常の市場での商売より安定的で儲かる。毎日仕事が入ってくるわけではないが、熱心に働ければ、北朝鮮では高給取りの軍需工場の労働者より儲かる。
(参考記事:「かつら内職ブーム」でようやく餓死を逃れた北朝鮮国民)
だが、商才に長けている人は一部だけだ。商売がうまくいかず、企業から求められる上納金を払えない人も決して少なくない。そうなれば矢のような催促に苦しめられた挙げ句、労働鍛錬隊(短期の刑務所)送りになってしまう。でも、うまくさえやれば、よりよい生活ができる。
金正恩総書記の目指しているところは、市場の抑制と社会主義計画経済、国主導の配給システムの復活のようだが、それを事実上骨抜きにしてしまう動きが以前にもまして進んでいる。情報筋は、「地方の企業所も資金が必要であるため、8.3ジルが今後どんどん増えるだろう」と見ている。