北朝鮮の金正恩総書記が祖父・金日成主席と父・金正日国防委員長の「威光」を消し去ろうとしている。
北朝鮮で4月15日は建国の父である金日成氏の生誕記念日であり、「太陽節」と呼ばれてきた。金正恩氏は太陽節と光明星節(2月16日の金正日氏の生誕記念日)と彼らの命日、その他の記念日に、両氏の遺体が安置されている錦繍山太陽宮殿へ参拝することを慣わしとしてきた。ところが2023年、2024年と2年連続で太陽節の参拝は報じられなかった。金正恩氏が2年連続で太陽節に参拝しなかったのは初であり、異変と言っていいだろう。
自分の活動記録も
太陽節と光明星節をはじめ錦繍山太陽宮殿の参拝は、金正恩氏が祖父と父の革命思想に敬意を表し、金日成を始祖とする「白頭の血統」を継承していく決意を改める恒例行事だった。また、金正恩氏の決意を国民に知らしめ、徹底させるプロパガンダでもあった。
異変の兆候は今年の4月以前から既に出ていた。北朝鮮国営メディアから「太陽節」というキーワードが減り、「4・15」や「4月の名節」に言い換える動きがあった。韓国の統一部や日韓メディアは、「金正恩氏が金日成のイメージから抜け出そうとしている」「正常な社会主義国家を目指すために神格化を控えている」といった分析を示したが、デイリーNKジャパンが改めて調べたところ、今起きているのは、金正恩氏による「歴史の修正が始まった」と思いたくなるほど、重大な事態だった。
デイリーNKジャパンは、北朝鮮の国営メディアである朝鮮中央通信(以下:KCNA)が報じた金正恩氏の公開活動を全てアーカイブとして保存してある。金正恩が錦繍山太陽宮殿を参拝してきた日は基本的に以下のとおりである。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面(1)金日成氏の誕生日「太陽節(4月15日)」と命日(7月8日)※2020年は心疾患の治療を受けるために参拝せず
(2)金正日氏の誕生日「光明星節(2月16日)」と命日(12月17日)
(3)1月1日と建国記念日(9月9日)と朝鮮労働党創立記念日(10月10日)
金正恩氏は2012年から2022年まで、10年連続で(1)と(2)の参拝を行い、KCNAは写真入りで報じてきた。そこで、16日の時点で改めてKCNAで検索をかけて見たところ驚愕の事実が判明する。
2022年までの(1)(2)(3)の参拝報道が全て削除されていたのだ。KCNAには金正恩氏の行動だけを集めた「金正恩総書記の革命活動」というコーナーがある。ここで「太陽節」というキーワードで検索するとヒットするのはたったの2本だった。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面さらに、錦繍山で検索すると2023年の命日の参拝を含んで8本しかヒットせずだった。本来なら61本の参拝記事がヒットしなければならないが、59本もの記事が削除されていたのである。サマリーで調べても記事は削除されていた。
参拝報道だけでなく、KCNAに残されている金正恩氏の過去の公開活動は「金正恩国務委員長が中国を非公式訪問(2019年3月28日付)」からスタートしており、それ以前の記事は写真も含めて全て削除された。
父親嫌い
現在残っているのは2023年の金日成・正日氏の命日の参拝報道だけである。参拝報道がいつ削除されたのかは不明だが、4月16日の時点ではそれ以外の過去情報が閲覧できなくなっており削除されたのは間違いないようだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面金正恩氏は比較的、自信の公開活動をオープンにしてきた。多少、自分にとって都合が悪そうな記事もアーカイブとして残してきた。今回のように大量の記事を削除したり過去記事を閲覧できなくしたりするのは初めてであり、異例の事態といえる。これまでにも、金正恩氏が「父親嫌い」であることを思わせる情報はけっこう出ていたが、祖父の「威光」までをも矮小化させる行動に出るとは予想できなかった。
(参考記事:「異常な女性遍歴」が原因か…実は「父親嫌い」だった金正恩氏)
金正恩氏が金日成・正日氏の参拝報道をひた隠しにしようする背景に、朝鮮半島の南北統一問題があると思われる。金正恩氏は昨年末から今年にかけて、北朝鮮が国是としてきた南北統一を否定。韓国は同一民族、同一国家ではないと言い切り、統一を含んだワードやカルチャーを消し去ろうしている。
しかし、北朝鮮の「正史」は金日成・正日氏が南北統一に身を捧げてきたとしており、神格化するうえにおいて統一を語ることは避けられない。ならばいっそのこと、過去の参拝情報を削除し、統一放棄やその他の金正恩独自路線を徹底化させようとしているというのが筆者の見立てである。付言するなら、15日の時点ではトランプ大統領や文在寅大統領と会談すら削除されていた。
金正恩氏は、金日成・正日氏、さらにトランプ氏、文在寅氏との関わりを「黒歴史」と思っているのかもしれない。