アジア・サッカー連盟(AFC)は22日、来週に平壌で予定されていた2026年ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の北朝鮮─日本戦が中止になったと発表した。北朝鮮側が感染症への懸念から、取りやめを申し出たのだという。
日本ではいま、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の報告数が増えている。北朝鮮は国際社会の経済制裁に反発しながら、新型コロナウイルスの流行に際しては国境を完全封鎖し、史上最悪レベルの経済難へと自ら突き進んだ。医療・保健インフラの脆弱な同国が、感染症に異常なまでの恐怖心を抱いているのは事実だ。
そして、その中心にいるのは金正恩総書記だ。国家を危機に追いやるほどの防疫措置を決断できるのは、独裁者を置いてほかにいない。その感染症に対する恐怖心は、「パラノイア」(偏執病)とも言えるレベルだ。
一般的にコロナウイルスは、モノの表面では長時間生き残れないとされており、輸入品を警戒対象として、貿易を全面停止した国は北朝鮮以外に見当たらない。また北朝鮮は、新型コロナウイルスのパンデミックが始まった2020年、国境封鎖と共に、漁船の出漁を禁止した。
これは漁船が沖合で中国船と密輸を行っていることから、そこからコロナが持ち込まれることを恐れたのに加え、「海水を通じてウイルスが入ってくる」ことまでをも恐れた措置と見られている。
国民の統制も過酷をきわめ、防疫ルールの違反者に対する処刑も相次いだ。その最初の例は、北東部の自由貿易都市・羅先(ラソン)の貿易関係者だ。中国へ行ってきたために隔離されていたのだが、2020年2月初め、勝手に大衆浴場(銭湯)に行ってきたことがバレて処刑された。
(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面)
また、ほとんど予告なく行われた都市封鎖(ロックダウン)でも犠牲者が続出した。スーパーやコンビニ、ネット通販のある日本などと異なり、北朝鮮で食料を調達するのは簡単ではない。地方の田舎ではなおのことだ。そのため食べ物を蓄える間もなく自宅に閉じ込められた人が多く、一家全員が餓死した悲惨な例もひとつやふたつではない。
もっとも、北朝鮮は今、特定の感染症に対して特別な防疫措置を発しているわけではない。ロシアからは観光客も受け入れている。
だがそれは、このところ親密さを深めているプーチン政権とのいっそうの密着を図るための、政治決断が背景にあるはずだ。現に、かつて国内の観光インフラがマヒするほど大勢が訪れた中国からの観光ツアーは、いまだ解禁されていない。
そしておそらく、今回の試合中止を決めたのは、金正恩氏本人ではなく担当する幹部だろう。コロナ禍における過酷な現実を体験しているだけに、まかり間違って感染症を呼び込むことになってしまったら、自分がどうなるかは、よくわかっているはずだからだ。