北朝鮮において、金正恩総書記が旗を振る政策は絶対的なものだ。どんなに条件が悪くても、幹部たちは命がけで貫徹しなければならない。それができず、叱責に抗弁などしようものなら物理的にクビが飛びかねない。
実際、あるスッポン養殖工場の支配人は管理不備の責任を問われた際、金正恩氏に「口ごたえ」したとして処刑されてしまった。
(参考記事:北朝鮮の15歳少女「見せしめ強制体験」の生々しい場面)
最近もまた、幹部たちは中央政府から無理難題を押し付けられている。少なくない幹部が危機的状況に陥ったが、ギリギリのところで助かったようだ。
北朝鮮の都市の表通りには、様々な商店や食堂が立ち並ぶ。しかし、営業している様子が見られないものも多い。建前上は営業していることになっているが、いずれも1990年代後半の食糧危機「苦難の行軍」の頃、従前の経済システムが崩壊したことで営業できなくなったものだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これを正常化せよとの指示がくだされたが、地方政府関係者は頭を抱えている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
両江道(リャンガンド)の幹部によると先月26日、今まで運営が止まっていた地方の商業網、便宜奉仕施設(サービス業)を苦難の行軍前のレベルに復活させよとの指示が、地方発展中央推進委員会の名義で下された。具体的には商店、食堂、旅館、銭湯などだ。金正恩総書記の打ち出した「地方発展20×10政策」の一環と見られる。
指示を受けた各道の地方発展中央推進委員会は、30年近く前の書類を大慌てで探している。商業網と便宜奉仕施設のリストだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面この幹部によると、1990年代初頭までは八百屋、建材店、邑(郡の中心地)や里(村)の総合食堂、恩徳院(スーパー銭湯)が存在していたが、現在では建物だけが残り、住宅に用途変更されている。
それを復活させるためには、現在の住人の立ち退きが必要となるが、「決して容易なことではない」(幹部)という。
「(立ち退きで)行き場を失う人を追い出せないのなら、周囲に商店や食堂の建物を新たに建てなければならないが、中央は地方工業工場の建設に必要な資材のみを供給し、商業網や便宜奉仕施設の建設資材までは面倒を見てくれない」(幹部)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面資材調達の段階から地方に丸投げされた形だが、地方政府は現在、中央の市場抑制策で市場使用料(ショバ代)が得られなくなり、収入不足に苦しんでいる。行政サービス、福祉に必要な予算も確保できない状態で、新たに建物を建てるのは至難の業だ。
結局、何らかの名目で「税金外の負担」として住民から取り立てるしかないが、市場抑制策で食うや食わずの生活を送っている人々にそんな要求を突きつけるのも困難ということだろう。
(参考記事:「年金を払うカネがない」金正恩の社会保障が崩壊状態)さらに、道内の普天(ポチョン)郡の幹部は大慌てした。前任者が、商店や食堂だった建物を処分してしまっていたからだ。
1992年から2019年まで、朝鮮労働党普天郡委員会の責任書記(郡のトップ)を勤めていたリ・ピョンスン氏は16年ほど前、営業できずに放置されていた旅館を郡人民病院に改造し、もともと病院だった建物は外貨稼ぎ事業所に売却した。それにはこのような経緯があった。
もとの病院のそばには、健康に良いことで有名な湧き水があり、毎年夏の避暑を近隣の三池淵(サムジヨン)で過ごしていた故金正日総書記は、この水を特閣(別荘)まで運ばせていた。中央は、その湧き水のそばに病院があると衛生上の問題が生じかねないとして、郡に病院の移転を命じた。
また、従業員すらいなかった佳林川(カリムチョン)食堂の建物は、郡の商業管理所の倉庫にしてしまったが、もともとの倉庫は、恵山(ヘサン)と三池淵を結ぶ鉄道の建設に伴い、立ち退きに遭ってしまった。そこで、食材の調達ができず開店休業状態だった食堂の建物を倉庫に転用したという流れだ。
(参考記事:金正恩キモ入り「高級リゾート」で続発する悲劇の背景)いずれも中央の指示に基づく措置だったのにもかかわらず、両江道地方発展推進委員会は、今すぐに旅館と総合食堂を復活させられなければ責任を厳しく問うと、郡の幹部を脅迫した。
商業網、便宜奉仕施設を復活させよというのは中央の指示、すなわち金正恩氏の指示だ。たとえどんな事情があっても逆らうことも意見することもできない。また、失敗も許されない。
どんな無茶な方針、政策であっても、失敗となれば「現場の幹部が悪い」ということにされ、重罰を受ける。
(参考記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面)
幸いなことに、この件はウヤムヤになってしまった。両江道地方発展推進委員会は幹部を呼び出して調査しようとした。しかし、当時の郡のトップだったリ氏が高齢のため認知症になり、人の見分けがつかないほどになってしまっていた。
真相を最もよく知る人物の調査ができなくなったことで、地方発展推進委員会は何の措置も取らずに沙汰止みにしたとのことだ。
以前、問題の責任を既に死亡した幹部になすりつけ、死体を掘り起こして形式的な銃殺刑を行ったという一件を報じたが、今回は認知症の老人のおかげで、多くの幹部の命が救われることになった。
(参考記事:「死人を処刑」して生きている人を救う北朝鮮の独特な人命尊重)