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数日前、ある女性芸能人がまた自ら命を絶った。どうして自殺したのかという思いよりも、切ない気持ちが湧いて来る。

北朝鮮でも同じ境遇の自殺ではないが、自ら命を絶つ人々がいる。主に暮らすことがとても大変だったり、悲しみに打ち勝つことができなくて自殺という道を選ぶことになる。

特に1994年以降、悪化した食糧事情によって自殺の割合が一層高まった。北朝鮮を脱出する途中でつかまって北送された後、酷い拷問と苦痛に耐えられなくなり自殺する人も多かった。

私が知っていたある人民軍の軍人も、若い年で自殺という極端な道を選んだ。平壌近郊の平城で生まれたキム・ギョンス(仮名)は高等学校を卒業して、17歳で軍に入隊し、咸鏡道で軍の服務生活をした。

北朝鮮でおよそ10年という軍の生活の間、最も成就したい願いがあるとしたら、朝鮮労働党に入党することだ。 もちろん、今とは状況が随分変わったと言うが、90年代末まででも入党は軍人たちが一様に願うことだった。

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入党後、運が良ければ大学にも行くことができるし、出世の道も開かれるからだ。そのため、大部分の軍人たちは朝鮮労働党に入党することを目標に、10年という長い時間を借しまず捧げた。 キム・ギョンスもそうした願いを持って軍に熱心に服務し、すべてのことに最善を尽くした。

いよいよ、一年に何回もない朝鮮労働党入党垂オ込み期間が近付いた。キム・ギョンスも、本人が充分に条件が整ったという判断の下、入党請願をした。

入党請願書を出して結果の発浮セけを待っていた彼は、何の知らせもないので、軍の幹部にそれとなく結果を聞いて見た。帰って来た返事は‘入党保留’。彼には空が崩れるような知らせだった。

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10年待ったが水の泡…鬱病のあげくピストル自殺

‘軍の服務を熱心にしたことは分かるが、朝鮮労働党は神聖で栄光ある場所だから、誰もが入る所ではない’というのが、入党保留の理由だった。キム・ギョンスは祖父が朝鮮戦争の時に韓国に移った、’越南家族’であり、家の成分が良くなかった。

入党をあきらめることができなかった彼は、もう一度勇気を出して、“それでも私がもっと熱心に働いたらいいのではないでしょうか”と食い下がったが、“お前はいくら熱心にしても認める人はいない。熱心も重要だが、家の土台も良くなければならない”という冷酷な返事だけが帰って来た。

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軍生活を模範的にしてきたキム・ギョンスは、この事があってから鬱病とともに、祖父に対する恨み、国に対する恨みで結局、自分の勤務地でピストル自殺をしてしまった。 いくら熱心に軍服務をしても、出身成分のために朝鮮労働党に入党することができないという事実が、彼を死という袋小路に追い込んだのだ。

ところで、更に驚くべきことは、北朝鮮では自殺は‘首領と国に対する裏切り’であり、死んだ人に罪名を着せるというのだ。‘首領と国の背信者’は北朝鮮で最も厳しい罪の一つだ。‘重罪を犯した者’の家族たちは葬式も行う事ができないようにし、遺骸も見れないようにした。また、それだけでは済まずに、家族は住んでいる所から追放された。

両親がくださった生命を自ら絶つことは、個人的に賛成することではないが、死ぬ自由もない北朝鮮の現実は一層悲惨だ。政権がちょっとした罪で住民たちを公開処刑することは許され、自分の手で生を終える人には罪を着せる。これが金正日政権の独裁が見せてくれる北朝鮮の現実だ。

韓国では自殺が社会問題にまでなり、惜しい命を自殺に追いやった社会を改善しようという自省の声が高まる一方、 北朝鮮では自分が死んだ後も残った家族を心配しなければならない。つまり、金正日は人民から’自殺’する自由さえ奪ったのである。


ハン・ソンWュ(28)/平壌金城政治大学在学中に脱北(2004年入国)

※大学生ウェブジンバイト
(www.i-bait.com)の了解を得て掲載しました。

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