「追い剥ぎ」と言われても今の日本人にはピンとこないかもしれない。通りかかった人を捕まえ、衣服や持ち物を強奪する犯罪のことだ。1990年代の日本でも、スニーカーの「エアマックス」を履いている人を襲撃し、靴を奪い取る「エアマックス狩り」が横行したことを考えると、呼び名は変われど、同様の犯罪は起き続けている。
コロナが明けても深刻な経済難が続く北朝鮮でも、追い剥ぎが頻発している。市民の生命と財産を守る役割を担う安全部(警察署)は、取り締まりに消極的で市民の不満は爆発寸前だ。両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋が伝えた。
恵山(ヘサン)市内の蓮峯洞(リョンボンドン)の路地で、下着姿で倒れている男性が発見された。病院に運ばれた男性は命に別条はないものの、脳震盪の治療を受けている。
30代男性のキムさんと判明したこの男性、今月14日の午後7時ごろ、友人の誕生日会に参加し、酒を飲んで帰宅途中に、面識のない男性2人によって路地に引きずり込まれ、暴行を受けた。そして、こう脅迫した。
「着ている冬服とズボンを渡せ」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面キムさんは最近人気の中綿入りの「ダウンジャケット風」の上着とズボンを奪われ、殴る蹴るの暴行を受け、路地に捨て置かれた。場所は人通りの少ない郊外で、最低気温は氷点下15度。発見が遅れたら取り返しの付かないことになるところだった。
(参考記事:飢えても最新ファッションに身を包む北朝鮮の若者たち)ほかにも、この冬の流行アイテムで、市場で高値で売られている中綿入りのジャケットーー羽毛は使われていないがデザインは日本のダウンジャケットとよく似た防寒着を狙った追い剥ぎが頻発している。
被害者は大人だけにとどまらない。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今月10日には、キムさんが被害にあった場所からさほど離れていない別の路地で、11歳のリくんが、通りかかった男性から「冬服を脱がなければ二度と親に会えなくしてやる」と脅迫され、中綿入りのジャケットを奪われた。暴行を受けなかったのは不幸中の幸いだ。
ところが、安全部は積極的に動こうとしない。情報筋は、服を奪われたと安全員(警察官)に通報しても、返ってくるのはこんな答えだけだと話す。
「夜道をひとりで歩くな」
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面こんな有様なので、同種の犯罪は一向に減らない。なぜ、安全員は動こうとしないのか。情報筋はこう説明した。
(参考記事:北朝鮮社会が震撼「医大の性奴隷」事件で死屍累々)
「社会の安全と秩序を守り、国と人民の生命と財産を保護すべき安全員だが、『食べる卵』(うまみ)のある案件ばかり追いかけて、私腹を肥やすのに忙しいのだ」
治安が悪ければ、自分たちに警備の依頼が来る。もちろん謝礼が得られるため、治安が悪いほうが自分たちにとって好都合なのだ。また、追い剥ぎなどの犯行を見逃す対価として犯人からワイロを受け取れば、さらに「食べる卵」が大きくなる。
かつて、国の財政状況がどれだけ悪くても安全員や保衛員(秘密警察)には通常通り行われていた食糧や生活必需品の配給だが、ここ数年で遅配や欠配、減量が相次いでいる。生きていくには、犯罪ですら「メシの種」としなければならないのだ。