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金正日の急死で、北朝鮮は金正恩新政権を急造して荒波に船出した。舵取り役は、金正恩ではなく、集団指導体制が担う。この点では、衆目が一致する。問題は集団指導体制の性格と強度にある。

その性格に関しては、筆者は「後見制統治」と命名する。金正恩の後見人には次の実力者が布陣する。家族からは張成沢と金慶姫。人民軍からは李英鎬(総参謀長)、金正角(総政治局長)、金英哲(偵察総局長)の「新軍部」三羽烏。そして、公安機関からは禹東則(国家安全保衛部長)である。

一見したところ、この陣営による後見制統治は強固に映る。だが、内情を詳しく見れば、後見制統治の同盟関係は複雑で、その耐久性と強度に大きな難点を抱える。これらの詳細は、3月12日発売予定の『中央公論』特別号の拙稿「北朝鮮権力継承の総点検」(仮題)に譲る。以下では、後見制統治に早くも走る亀裂に焦点を絞り、金正恩新政権の行方を中長期的に展望する。

後見制統治が形成されるのは、2009年1月以降、金正恩が後継者に内定してからのことである。それから2年も経たない内に、後見制統治に深刻な亀裂が生じ始めている。最初の兆候は昨年2月に感知された。金正日がまだ生きていた時のことだった。

筆者が得たきわめて確度の高い内部情報によれば、新軍部の実力者が、張成沢の側近を呼び出して、次のように居丈高な警告を発した。

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「金正恩の前途に邪魔になるようなら、たとえそれが誰であろうと、けっして容赦はしない」

強固な同盟関係を結ぶはずの張成沢一派と新軍部「三羽烏」。後見制統治の両翼がそれぞれ異なる方向に羽ばたき始めたかのようである。この新軍部の露骨な脅迫にもかかわらず、張成沢は今のところ自制している。だが、挑発的言動が一線を越えれば、張成沢が自制心を保ち続けられるかどうか。筆者の見るところ、その保証はどこにもない。

張成沢は「権力闘争の化身」の別名を持つ。労働党と内閣はもちろんのこと、人民軍の内部にもこれまで幅広く人脈を築いてきた。呉克烈、金永春、金格植など、旧軍部とも気脈が通ずる。

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立地の著しく萎縮した旧軍部は、最近、新軍部への不満がを募らせている。その兆候も垣間見える。筆者の知るところでは、軍元老が金英哲の「金英哲更迭」説を流布し、新軍部の傍若無人な振る舞いに不満を表出している。これほど新軍部の増長ぶりは著しい。これを牽制するために、張成沢が旧軍部に肩入れする展開になれば、人民軍の結束力が急速に揺らぐ事態を招く。中長期(今後数年間)で見れば、権力闘争の「震源地」は張成沢となる可能性がもっとも高い。

昨年の12月24日、張成沢は、似合わぬ軍服(大将服)を着て、金正日の遺体に永遠の別れを告げた。これには多種多様な解釈が付く。筆者は上記の文脈で張成沢の軍服姿を見た。

これまでは、金正日が有力派閥の台頭と抗争を抑止する「瓶の蓋」の役割を果たしてきた。だが、金正日はこの世を去った。金正恩は「矛」(自前の側近勢力と前衛勢力)を持たない。そして強力な「前盾」(金正日)まで失った。その上、「後ろ盾」(後見人陣営)にも深刻なひび割れが生まれている。

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金正恩の数多い弱点の中で、最大の弱点は権力闘争の経験が無いことにある。権力闘争の素人が、「権力闘争の化身」を震源地とする権謀術数の暗闘劇で、調停役を演じられるかどうか。筆者の答えは否である。