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11月は、北朝鮮では「結婚シーズン」だ。

北朝鮮で結婚式は大体、3月と11月に多い。理由は単純だ。真冬(12月〜2月)はとても寒く、夏は食べ物が腐りやすい。4月から10月までは農村動員で忙しい。

北朝鮮住民たちにそれで余裕がある月が、3月と11月のわけだ。同じ月に開かれる結婚式でも様子は色んな光景がある。北朝鮮でもホテルの結婚式があり、一般結婚式場結婚式があるように北朝鮮の結婚式もそう変わらない。

北朝鮮でいわゆる平民たちの結婚式は暮らしていくのもやっとの形であるが、権力者たちの結婚式は、豪華で腐敗したにおいがぷんぷんする。

食糧難の時は、結婚式を初めからしない場合も多かった。最近でも、結婚しようとすれば相当な出費を伴うので、式を省略する場合もたまにあるが、商売で生計が少しよくなった人々は宴会場も準備できるようになったという。

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北朝鮮で結婚式は男の家と女の家で、それぞれ二回行なう。新郎、花嫁の家で一日後に別に行なう。しかし、この頃は、お金を惜しむために婚家と妻家がお互い一緒に結婚式を調えると言う。

生計が難しい北朝鮮の労働者や、農民たちの結婚式はとてもみすぼらしい。彼らは食べ物を充分に豊かに準備するのが難しいので、最小限の食べ物だけを購入し、残りは市場でお金を少し払って、借りて来て、お膳を調えて写真を撮った後、返すのが大多数だという。

家で結婚式を行う時、普通後ろに屏風をかけて、その前にお膳を置いて食べ物を調える。食べ物を借りて来るので、笑えないハプニングも起こる。普通、結婚式のお膳には、鶏を用意するのだが、お金がないので、ニワトリにお酒を飲ませてお膳の上にあげる場合がある。しかし、このニワトリが結婚式の途中で覚めて式場が乱闘場になる場合もあると言う。

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去る2006年、咸鏡南道クムヤ郡から北朝鮮を脱出した金英米(仮名 24歳) さんは “大学生活をするお兄さんが、結婚式をあげなければならないのにお金がないから省略した。両家で出したお金で義お姉さんがお兄さんの大学の近所に小さい部屋をもって、商売をしてお兄さんの世話をした”と言った。

北朝鮮の党の機関幹部たちの結婚式は、規模も大きく宴も何日も続く。如何せん、北朝鮮の幹部たちの中で “結婚式も一つの商売”という言葉がでるくらいだ。幹部たちの中では、結婚式の規模はその人の威信と実力を誇示することで、とても重要視される。高位幹部たちが一回ずつせりふ(結婚,還暦など)を受ける日なら、下で忠誠しなければならない幹部たちは、あらゆる悪い仕事も引き受けなければならない。

お膳を調える作業から、結婚式扶助金の金額まで組織で管理しなければならない。例えば、群の党責任秘書なら地域で、党秘書の機嫌をとらなければならない人々はお金をかけて、お祝いの家を捜さなければならない。北朝鮮の幹部たちは大部分ドルを好む。商人たちは、中国と取り引きがし易い中国人民元を好む。

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北朝鮮幹部層のこのような結婚式の行動が権力争いで秘話にされた場合もある。2004年3月、北朝鮮労働党中央委宣伝扇動部副部長チェ・チュンファンの娘と朝鮮体育指導委員会某幹部の息子との間の結婚式のため数署lの幹部が粛清された。

当時、宣伝扇動部は金正日の信任を背景に、中央党組職指導部の威勢に挑戦する時だった。出世のために中央党に並ぼうとしていた幹部たちが、
この結婚式に大勢寄り集まった。聞きところによれば、幹部たちはおおよそドル 1000(約 95万ウォン水準)ドルずつをお祝儀に出したという。

組職部は宣伝部を牽制するために、この結婚式を‘宗派事件’として秘話にし、金正日は組職部に使いを出して、結婚式に参加した幹部 30人余りを解任させた。

最近では、幹部たちの結婚に対する非難が激しくなり、阜?ォでは簡素にするようにし、目上の人には少しもてなして、目下の人たちは全然
招待せず、それこそ、一挙両得という言葉も出てくるほどだ。

北朝鮮結婚式は、険難な経済難を経験する住民たちと、彼らを踏みにじり寄生する権力層の不正腐敗が反映された、北朝鮮貧富格差の縮小版だと言うに値する。