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今年の北朝鮮農業も11月末で仕上げとなる。まず穀類生産量が関心だ。今後具体的な収穫量が報告される予定が、内部消息筋が伝えるには昨年より少し良くなった水準だ。WFP(国連世界食糧計画)などの国際機関は、昨年の北朝鮮の食糧生産量を 450万トン、必要量は 560万トン(生産量、必要量ともにこれより少ない可能性が高い)水準だと推定し、今年 は110万トン程不足であると報告した。

北朝鮮が強盛大国の指標として提示した「穀類 700万トン生産で食糧問題を解決する」という計画は、初めから達成不可能な目標だった。肥料投入量と天気変数にのみ頼る北朝鮮の農業が、ある日突然、飛躍的な生産高を成し遂げる可能性はない。今月初め、金正日により軍糧米が流出しないように徹底的に取り締まるように指示が下った。農場員や労働者のような国民らは、元より気を使う余力もない状況だ。

北朝鮮が公言した「2012年強盛大国」の扉を開くまで、残り一カ月余りだ。しかし、このままでは、来年も住民が困窮し疲弊した暮らしには変化がないだろう。これらを待つ強盛大国の実像は、屋根が落ちこんで門が捻じれた、みすぼらしい小屋に過ぎなくなった。金日成生誕100周年となる 2012年に強盛大国の大門を開き、人民生活の大幅な向上を実現するという神聖な闘いは、ついに失敗を目前としている。

今年5月に北朝鮮を訪問したある中国・朝鮮族の事業家は、平壌で一人の官吏に会い、強盛大国への準備過程について尋ねたという。果たして強盛大国とはどのような姿なのかと問うと、海外同胞事業を行い、口が軽いというこの北朝鮮官吏は「石炭生産は1300万トン」と言葉尻を濁したという。また「果たして来年、強盛大国の門がどれぐらい開かれるのか?1m開かれるのか、それとも1mm開かれるのか?」と冗談を言っても、顔を赤めるだけで返事は避けたという。これは北朝鮮当局自らも強盛大国に対する具体像を描けていないということを間接的に表している。

北朝鮮当局は, 今年 7月から対外メディアで強盛大国という言葉をほとんど使っておらず、 代わりに強盛国家という表現を主に使用している。この言葉も使用回数がぐっと減った。北朝鮮内部ではすでに、金正日が強盛大国という表現を使わずに「強盛復興の日」や「強盛国家」を使用するように指示を下した状態だ。

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金正日や北朝鮮当局関係者たちも「大国」という言葉を使うのが負担であり、きまり悪く感じたようだ。強盛大国を「強盛国家」や「強盛復興の日」に格を下げて呼ぶとしても、すでに住民たちに行なった約束をどうするかが当局の悩みであろう。政治ではいくらでも「最高の強国」と飾ることができるが、飢えた腹を満腹だとは言えないということだ。

北朝鮮住民たちは強盛大国を不可能な目標だと考えているが、食糧を少しでも配給してくるだろうと期待はしているという。北朝鮮メディアは、これを意識したかのように、各生産単位で今年の計画量超過を達成したという報道をぞくぞくと出している。しかし、これを信じる住民たちはほとんどいないようだ。何カ所かの工場に資材をまかなって生産量を脹らましているという程度は、もはや住民たちも分かっているということだ。このような風潮は、貨幤改革以降に激しくなった政府に対する不信も一役果たしている。

数年だけ苦労すれば強盛大国の扉が開かれるという呪文を覚え、何とか政権の体面を維持して来た北朝鮮当局が、強盛大国突入元年に住民たちをなだめるため扱える措置は、三種類でまとめられる。第一に経済分野の成果で電力生産、石炭生産、鉱物生産などで飛躍的な発展をし、経済の現代化やCNC 技術革新が実現したと宣伝するのである。

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第二に、かろうじて倉庫にある物資を住民たちに配りながら、「もう少し苦労すればより多くの恩恵が待っている」という風に希望を抱かせ、督励をするのだ。しかしこれには、実際に北朝鮮が確保した物資で何日を持ち堪えることができるのかという問題がある。また、見すぼらしい倉庫すら空にしたならば、その後遺症は軍隊や官僚たちの間で手強く吹いて来るだろう。最後に、軍事的危機を浮上させる方式だ。住民たちの関心を外に向け、強盛大国遅延の原因を外部に押しつけることである。

北朝鮮はこの三種類の手段を別々に、または適切に組み合わせて使うだろう。しかし明らかなことは、どのような選択であろうとその後遺症がただならないという点だ。貨幤改革を経て政府に対する不信が露骨になった住民たちに、強盛大国の公約は政権の無能を浮上させ、金正雲の後継ぎ告}にも否定的影響を高めることとなる。結局、金正日政権の無能と欺瞞に対する怒りは爆発寸前となるであろう。2012年は巨大な変化の時期として南北双方に近付いて来るということは明らかだと思われる。

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