北朝鮮の首都、平壌の北にある平安北道(ピョンアンブクト)徳川(トクチョン)。周囲に炭鉱が集中しており、良質な石炭を利用できる環境の下で様々な産業が発達していた。
一例を挙げると、大消費地の平壌に供給するために、野菜や果物を温室栽培している。このように、石炭を利用した農業と軽工業は地域経済を潤していたが、当局はそれらを非常にくだらない理由で潰そうとしている。
(参考記事:足元のカネを掘れ!…「イチゴ栽培」で儲ける北朝鮮の人々)現地のデイリーNK内部情報筋によると、徳川市安全部(警察署)の経済監察課は、個人が運営する温室10ヶ所に対する取り締まりを行った。オーナーを全員逮捕して、栽培されていた作物をすべて没収した。取り締まりの様子を情報筋は次のように伝えている。
「温室のオーナーたちは、7〜8月に出回る初物のキュウリの収穫時期より早く、今月初旬に収穫しようとしていた。そこに安全員たちがやってきて、キュウリを全部奪い、車に積んで持ち去り、オーナーたちを全員逮捕して安全部の勾留場に放り込んだ」
安全部は摘発の理由について、徳川炭鉱で生産された石炭は国のものなのに、それを個人的に利用した非社会主義行為だとしている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面徳川炭鉱は最近、国の計画経済を司る国家計画委員会の定めた石炭生産計画を達成できなかったことから、検閲(監査)を受けていた。その過程で、炭鉱の管理イルクン(幹部)たちが、地元の温室経営者に石炭を販売していたことが判明したという。
安全部は「国が苦しくつらい時期に、国家計画も達成できていないのに、組織的に石炭を横流しして、私服を肥やした腐った炭鉱のイルクンたちと同調し、石炭を買い込んで個人の温室を運営するのは犯罪同然だ」と、オーナーたちを追及しているという。
オーナーたちはいずれも「徳川市民なら皆が皆、炭鉱の石炭を買って使っているのに、なぜわれわれだけ逮捕するのか」と強く反発している。また、オーナーの中には、北朝鮮で地位が高いとされる栄誉軍人(傷痍軍人)も複数含まれていたが、安全部は「栄誉軍人だからと監獄に入れるなということはない。罪を犯したのなら罰に甘んじよ」などと主張しているとのことだ。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面今回の取り締まりだが、元をたどると朝鮮労働党徳川市委員会(市党)に行き着く。市党は、コロナ対策のロックダウンにより市民の食糧問題がひっ迫したことを受け、中央から指示のあった隔離対象者への食糧配給を行うために、徳川炭鉱の石炭を買ったことを口実にして、摘発して農産品を奪うことを画策したというのだ。
(参考記事:豊かだった北朝鮮・経済特区でも栄養失調の子どもが続出)つまり地方のトップが、自らの成果とするために、イチャモンをつけて市民の私有財産を奪ったということだ。もし、食糧配給ができなかったとすれば、市党の幹部が処罰を受けることになっていただろう。
北朝鮮では、1990年代の大飢饉「苦難の行軍」に際して強盗などの犯罪が増加したが、今や権力機関が合法を装い、庶民から略奪しているわけだ。
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なお、表向き強硬な姿勢を見せている安全部だが、逮捕されたオーナーの家族に対しては、「野菜がすべて没収されたことで罪はチャラになる。15日もすれば釈放する」などと説明しているとのことだ。
家族は、オーナーに食べさせるための差し入れを毎日運びつつ、「なぜ世の中はこんなに厚かましいのか」と呆れ返っているとのことだ。
この事件から読み取れるのは、まず計画経済の硬直性だ。国が立てた計画で定められた生産量を達成したところで、炭鉱は充分な利益を挙げられず、従業員に給料や食糧を支給できず、企業の運営そのものも立ち行かなくなる。
そこで、産品の一部を販売して利益を得て、企業の運営費に当てるのが一般的になっているのだが、それを非社会主義行為、つまり社会主義にそぐわない行為だという口実で摘発しているのだ。
(参考記事:北朝鮮の国営企業、金欠すぎて従業員にカネの無心)また、個人が大規模な農場を経営することは、市民への食糧需給に資する行為だが、国の経済計画で決められたことではなく、公式の経済統計にも含まれない。市民や地域経済のためになる、ならないは関係なく、勝手に農業を営み、利益を上げていることが、非社会主義行為でけしからんという理屈だ。
そして、私有財産の否定である。数十年にわたり進展してきた北朝鮮の市場経済化は、もはや後戻りできないレベルに達しているのに、北朝鮮政府は、それを元の計画経済に戻し、その中の限られた範囲内で市場経済も認めようと目論んでいるようだ。
(参考記事:食糧確保のため庶民の畑を奪う金正恩と「10年前の悪夢」)