かつて北朝鮮で「資本主義的な交通手段」だとして批判されていたタクシーが、首都・平壌で一般国民も利用できるようになったのは1992年のこと。今では1000台ものタクシーが平壌で運行されている。また、1993年からは新義州(シニジュ)や元山(ウォンサン)など地方の大都市で、2010年代に入ってからはその他の地方都市でもタクシーの運行が行われるようになった。
平壌を除いては公共交通機関が発達していないことから、タクシーは重要な交通手段となった。
(参考記事:北朝鮮のオヤジは「タクシー運転手」が夢の職業)
そんなタクシーに乗るだけで通報されるという奇妙なことが起きている。一体どういうことなのだろう。詳しくを米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
平安北道(ピョンアンブクト)新義州の情報筋によると、当局は2月末に行われた住民講演会を通じ、「4月15日の太陽節(金日成主席の生誕記念日)110周年を控え、わが国(北朝鮮)の社会主義を蝕む反党、反国家的要素を根絶やしにする」ためとして、外国から流入する出処不明のカネを受け取った場合はすぐに通報せよと命じた。同時に、一般庶民がタクシーを利用した場合には、安全部(警察署)に通報せよとも命じた。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面また、このようなケースを見かけたのに通報せず、問題が発生すれば、未通報者も共犯として責任を追及するとも警告した。さらに人民班(町内会)に対しては、どの住民がカネをよく使うのか、タクシーを頻繁に利用するのか、週に何回利用するのか、カネはどこから得たのかを把握して通報するようにも命じた。
このような布告に、情報筋は驚きを隠せずにいる。
「1ヶ月前まで、庶民がタクシーに乗っただけで取り締まりの対象になるとは誰も想像できなかった」(情報筋)
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面タクシーを使ったことを見とがめられると、人民班長に呼び出され、「どこからカネを得てタクシーに乗ったのか」「食べ物を買うカネもなかったはずの人が料金の高いタクシーを利用するのは納得できない」などと問い詰められ、カネの出処とタクシー代を問われ、地域の保衛部(秘密警察)に通報されてしまう。
司法当局は、「われわれが緊張を解いた瞬間に、人民の顔をした敵からカネを受け取った裏切り者が現れる」と主張している。これに対して住民たちは「楽な交通機関のタクシーを、自分たちのようなカネも力もない庶民が利用すれば革命の裏切り者になるのか」と反発している。
同様の取り締まりは、咸鏡北道(ハムギョンブクト)清津(チョンジン)でも行われていると現地の情報筋が伝えた。人民班で行われた講演会で、一般庶民がタクシーを利用しているのを見かけたら、上部にすぐに報告せよということが伝えられた。隣人が携帯電話でタクシーを呼び出す様子を見かけた場合にも、理由を問わずにまずは人民班長に通報することになっている。
人気記事:「女性16人」を並ばせた、金正恩“残酷ショー”の衝撃場面これに対して住民は、「急用があればタクシーを利用することもあったが、カネも力もない人間はタクシーにも乗るなということなのか」と激しい怒りをあらわにしている。
ちなみに現地のタクシー料金だが、RFAが2016年に伝えたところによると、羅先(ラソン)市内では一律料金で10元(190円)、コメに換算すると2キロちょっとになる。極端に高いわけではないが、昨今の経済苦境で日々の糧にも事欠く人が続出する中では、そこそこの贅沢だろう。だが、公共交通機関が整備されていないため、急ぎの場合は使わざるを得ない。
(参考記事:餓死者発生も効果的な対策が立てられない北朝鮮)ちなみに、北朝鮮では金持ちであることそのものが罪悪視され、下手をするとイチャモンをツケられ財産を奪われかねない。そのため、カネを持っていたとしても、できる限り知られないようにする。そのあぶり出しのためにタクシーが利用されているようだ。
いずれにせよ、北朝鮮では現実味のない当局からの命令は時間が経つとともにうやむやになってしまうことがしばしばあるが、今回の命令もそのような運命を辿ると思われる。