北朝鮮のような首領絶対主義社会では、首領個人の資質と性格が重要な意味を持つようになる。北朝鮮社会が法、制度、社会主義の原則とも関係なく、個人により全てが牛耳られる「マフィア型1人絶対独裁」に突入した状況では一層そうである。

金正日は大衆の前にもあまり現われず、徹底的に秘密裏に動くことを好む。金正日総書記の性格と心理を、一般住民は知らない。たとえ側近が否定的な部分を知っていたとしても、それを口に出した瞬間に、誰にも知られずに連行されてしまうのだ。

幸い、金正日の周辺で生活した家族や子供の家庭教師、警護員、最高位の官僚などが、北朝鮮社会を離れて公開した証言が出ている。こうした証言を比べることで、金正日の性格と心理が見えてくる。

彼らが一貫して語る金正日の性格は、基本的に非常に性急でひどく気まぐれだということだ。金正日の妻の姉であり、息子金正男の家庭教師だった成恵瑯(ソン・ヘラン)は「金正日は気分がよい時はとてもよくしてくれるが、怒れば窓が揺れるほど狂乱する」と語った。

金正日の警護官を務めた脱北者の李英國(イ・ヨングク)氏は「若いころの彼は気が短いうえ、家庭的苦労のために酒に溺れていた」「そのためすべてを即興的で過激に処理する癖がある」と証言した。

いくら独裁者でもひどすぎる金正日の女性関係

金正日の女性関係は非常に複雑だ。子供を生んだと確認された人だけでも、成恵琳(ソン・ヘリム)、金英淑(キム・ヨンスク)、高ヨンヒ(コ・ヨンヒ)の3人で、それ以外に万寿台芸術団の俳優や現職大使の夫人、喜び組などで気に入った女性にはすぐに手を出したという。

元安全企画部の北朝鮮調査室団長のソン・ボンソン氏は、「朝鮮王朝時代の王や、その他の国家の独裁者たちと比べたら、子どもは多いとはいえないが、同居した女性3人の他に多くの女性と関係をもつのは、現代の指導者としては、いくら独裁者といっても度が外れている」と語った。

ソン氏は、金正日の女性遍歴の特徴に対して、第2に父親の金日成から受け継いだ遺伝的要素があると考えた。金日成は70歳になっても、看護婦との間に子供を生んだことから、父伝子伝の意味があると語った。

2つ目は、気に入れば手段を選ばずに奪おうとする特徴があるということだ。友達のイ・ジョンヒョク(現亜太平和委副委員長)の兄嫁、成恵琳を連れて来て離婚させた事例、大使の妻を奪った事例から、道徳性とはほど遠い人物であると評価した。3つ目は金正日総書記が非常にエネルギッシュで、性倒錯症状もあるという点だ。

専門家たちは、金正日の成長期の性格の形成に最大の影響を与えた事件として、1949年の生母金正淑(キム・ジョンスク)の死を挙げている。当時、金正日は7歳だった。母の突然の死とそれに対する疑問、継母の金聖愛(キム・ソンエ)の登場、父と権力を奪われるという恐れなどを経験し、金正日は一方では妹の金慶姫(キム・ギョンヒ)の面倒をよく見ていたが、金聖愛のことは「お母さん」と呼ばずに「おばさん」と呼び、拒否感を示した。

金聖愛が金正日を差別した、いじめたという根拠は確認されていない。むしろ、金聖愛は金正日を支えていたというう主張がより説得力がある。しかし、金正日の実母を慕う気持ち、継母に対する排斥感、父を奪われるかもしれないという焦燥感、権力闘争での対立などから、自然に否定的な性格が形成されたように見える。

幼い頃から「首相様のご子息」と言われた王子の身分

結局、実母の死亡が、母性愛の欠乏による信頼と愛情の欠乏、憎悪心、敵対感、嫉妬心、攻撃性などの否定的性格を形成するのに作用したようだ。権力を掌握した金正日総書記が金聖愛一家を枝と分類して徹底的に統制してきたことも、幼い時代に形成された怒りの感情が影響しているように思われる。

金正日は母の死後、しばらく放蕩も経験したが、相変らず首相の息子として王子になりすました。絶対的な独裁者の下で、社会的にどんな統制も受けないで育ったのだった。他の子供たちとの関係でも、常に自分を最高権力者である金日成の代理人と見なし、やりたい放題に行動した。成長して、自分の欲を満たすために行動する性格が一層育ったようだった。

金日成と金正日を30年間研究してきた精神科の専門医、ペク・サンチャン博士は、金正日総書記が複雑な女性関係を持つようになった様々な背景を示しているが、その2つを紹介する。

1つ目は、実母金正淑が出産時に大量出血したのに、医者に見てもらえず亡くなったが、(北朝鮮は心臓麻痺で死亡したとしている)このことで金正日は金日成に疑問を抱くようになり、後に実母への懐かしみ、父への復讐心を持ち「敵対的同一視」したというものだ。つまり、父の女性遍歴と同じ道を辿ったということだ。

2つ目は金正日は実母の死後、継母の金聖愛からいびられ続け、権力を手にするまでは焦りと不安を常に抱え、そのストレス解消のために、酒と女性に走ったというものだ。これは精神医学的に「逃避メカニズム」に該当する。

金正日が成恵琳と恋に落ち、同棲するまでの過程は様々な心理学的要素を反映している。美貌、洗練されたソウルの言葉、静粛な立ち振舞など、実母に死なれ寂しい思春期を送っていた彼に、母性愛を感じさせたのが成恵琳だった。金正日は彼女を略奪するために権力を使って離婚させた。これは目的達成のためなら手段を問わない攻撃的性格の一端と言えよう。

女性関係に見る金正日の性格と心理【下】に続く)

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