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今年の秋、平安北道の新義州市のコメ1キロの価格は1400北朝鮮ウォンだった。水害で食糧の生産が急減し、住民が心配しているという声が聞こえる。

北朝鮮は大飢饉「苦難の行軍」から10年が経ったが、食糧問題を解決することができずに国際社会に支援を求めている。北朝鮮が食糧問題を解決できなかった原因の一つが、金日成氏と金正日氏父子の馬鹿馬鹿しい指示であった。

北朝鮮ではこの父子の指示には無条件従わなければならないため、たとえ弊害があったとしても改善は難しい。指示に従わない場合収容所に入れられるため、誰一人異議を唱えることができない。

金日成氏が、1992年に両江道の三池淵郡を訪問した時のことだ。

1993年に出版された北朝鮮の朝鮮中央年鑑118ページには、「1992年8月16日から9月3日まで偉大な首領、金日成同志が咸鏡道内の人民経済の様々な事業を現地で指導した」と書かれている。しかし、具体的な現地指導の中身については触れられていない。

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このとき、金日成氏は三池淵(サムジヨン)郡の胞胎(ポテ)労働者区にある招待所を休暇で訪れていた。招待所とは、金日成氏の専用の特閣(別荘)のことだ。その近所にあったジャガイモ畑を視察していたときのことだ。小さめの畑で、護衛総局の軍官(将校)の家族が食糧問題を解決するためにジャガイモを植えていた。だが、その年は雨がたくさん降り、ジャガイモの育ちが悪かった。

ジャガイモ畑を視察した金日成氏は「今年の胞胎農場のジャガイモの栽培はどうなのか」と聞いたが、彼のまわりにいたのは護衛総局の軍官と書紀だけで、答えられる人がいなかった。すると金日成氏は「今すぐ胞胎農場の支配人と初級党書記を呼んで来なさい」と指示を下した。

正論を持って金日成氏に歯向かった農場支配人

金日成氏に呼ばれたという知らせを聞いた胞胎農場の支配人(労力英雄の称号を持つ人物)と初級党書記は、非常に喜んで護衛総局の車に乗り込み、金日成氏にいるところに向かった。

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金日成氏は、農場の支配人に今年の農業について聞いた。悪天候でジャガイモが育ちが悪いという話を聞いた金日成氏は、別の作物を植えてみればよいと言った。

すると支配人は「首領様、白頭山に近いここの気候では、ジャガイモ以外の作物は育ちません」と答えた。それを聞いた金日成氏は「なぜだ。紫豆があるではないか。ここでよくできるようだが。それを一度植えて見なさい」と言った。

支配人は丁重に「首領様、紫豆はよくできますが、主食や副食として食べることはできません。今まで、紫豆は飼料として使っています」と答えた。支配人の言葉通り、紫豆は食べることはできるが、ジャガイモの変わりにして主食として食べるには適していない。

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すると金日成氏は「なぜだ!紫豆にはタンパク質が多いという。ジャガイモよりましだろう。一度植えて見なさい!」と命令口調で言い放った。

しばらくもじもじとしていた胞胎農場の支配人は「しかし、両江道の住民の食生活にはジャガイモの方がいいのです」と答えた。

金日成氏はいらいらしたように「それでも植えて見なさい。ジャガイモよりもタンパク質がずっと多くてよいのではないか」と言い放ち、支配人に目をくれた。すると支配人はもどかしそうに「…徐々に植えてみます」と答えた。

突然、金日成氏が怒鳴った。

「おい!これはお前はどこのどいつだ!植えろといったら植えるんだ!全く宗派(分派)みたいなやつだ!どうしてお前のようなやつが支配人をやっているのか!」

真面目一筋の農場支配人の悲惨な運命

金日成氏の指示に正論をもって歯向かった、生真面目な支配人の運命は終わった。反論など決して許されないのだ。金日成氏の責任書記に呼び出され辱めを受けた上で、朝鮮労働党両江道委員会の組織部に呼び出され、思想闘争(集団批判)の舞台に立たされた上で、その場で解任された。

一瞬にして労力英雄の称号を剥奪され、立派な家から追い出されて、一般の農場員が住む家に追いやられた。

党からの批判が終わると、今度は国家保衛部(秘密警察)の追及が始まった。金日成氏の「宗派みたいな奴」という言葉をネタに支配人に「現代宗派」という汚名を着せ、結局1ヶ月後に家族と共に政治犯収容所に連行した。北朝鮮では、宗派扱いされることは、社会的に抹殺されるも同然なのだ。

地元出身の脱北者、キム・インシル(仮名、55歳)さんは、「ずいぶん前の事件だった。金日成氏が死ぬ前にそういうことがあった。当時、胞胎農場の支配人は労力英雄で、農業にすべてを捧げていた。そのため、農場員の信望も相当なものだった。だが、一言のために政治犯収容所送りになった」と語った。

「その後、ジャガイモは少なめに植えて紫豆を主に植えた。両江道の他の農場も紫豆を大量に植えた。だが、紫豆は加工して食べる方法がなかったので、金日成氏が亡くなった後で、再びすべての畑にジャガイモを植えた」

金日成氏、金正日氏の無能のために発生した食糧難の責任を負って被害にあった幹部は、彼以外にも多くいる。1997年に北朝鮮の農業担当書記の徐寬熙(ソ・グァンヒ)らをスパイとして銃殺した事件、ピチャンリン農業研究所の初級党書記を収容所に入れて殺害した事件などがある。

(参考記事:血の粛清「深化組事件」の真実を語る

高級幹部が粛清されている裏では、声も出せずに死んでいった多くの罪なき人がいることはいうまでもない。

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