「私を探さないで」ある女性が金正恩への置手紙で語った切実な事情

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北朝鮮北部、両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)は、民族の象徴である白頭山を頂き、金日成主席がかつて抗日パルチザン活動を行っていた本拠地であり、金正日総書記の生家とされている「白頭山密営」もある。金王朝にとっての聖地なのだ。

金正恩総書記のが旗振り役となり、「現代文明が凝縮した社会主義山間文化都市のモデル」として大々的な再開発工事が行われ、完成した住宅には、選びぬかれた人々が入居している。極寒で平地も少なく、これと言った産業もない貧しい地域が、理想的な暮らしが営める地域へと大変貌を遂げた。

(参考記事:金正恩が露骨にえこひいきする北朝鮮の「選ばれし人々」

他の地域よりは遥かに恵まれた三池淵から、ある女性とその家族が一通の置手紙を残し、忽然と姿を消した。

現地のデイリーNK内部情報筋は、姿を消したのは、市郊外の協同農場で働く女性とその息子と娘たちだ。夫に先立たれた彼女は、その日暮らしをしつつ、女手一つで子どもたちを育てていた。昨年1月からコロナ対策として国境が封鎖され、貿易が停止したことで、ただでさえ苦しかった暮らしが余計に苦しいものとなった。

そして先月22日のことだ。彼女の家の煙突から2日間も煙が出ておらず、家の中に人気(ひとけ)がしないことを不審に思った人民班長(町内会長)と近所の人々は、おそるおそる家に近づいた。

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食糧難で餓死する人もいるだけに、最悪の事態を想起していたに違いない。

(参考記事:「国家存亡に関わる」金正恩が招いた”絶糧状態”という本物の危機

ところが、家はもぬけの殻。部屋にあったのは、保衛部宛の置き手紙だけだった。国民の思想同行を監視する保衛部に手紙を残すとは、金正恩総書記に「読んで欲しい」と言っているようなものだ。そこには、次のような切実な事情が記されていた。

三池淵市は、市内の住民にだけ餓死しない程度に配給を与え、(郊外の)農村住民には、(前年の収穫物の)分配もなく、人民経済の計画(ノルマ)ばかり死ぬほど押し付けられる。もうやってられない。どうにか糊口をしのごうと死ぬほど努力した。しかし、暮らし向きは悪くなるばかりで、得られたものは何もない。最近は、国境に(コンクリート)障壁を立てて、薬草や木の実の密輸もできなくなり、もはや将来が見通せなくなったので、去ることを決心した。

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家族が川の字になって寝床に就き、そのまま餓死することも考えたが、自分の手で子どもたちを死に追いやるのはとんでもないことだから、去ることにした。どこに行っても祖国を裏切るようなことはしないつもりなので、中国に行っておとなしく野良仕事の手伝いをして、1日3食腹いっぱい食べてから死のうと思う。

決して思想が悪くて去るのではないので、きょうだいや親戚に害を与えないで欲しい。私たちを探さず、待たないで欲しい。決して帰ってくることはないから。

事件の噂はあっという間に市内一円に広がり、保衛部は住民が思想的に動揺しないように、人民班長や情報員(スパイ)を中心に、住民の思想動向を把握する事業を始めたとのことだ。

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(参考記事:ある「美人女子大生」が金正恩に宛てた遺書の壮絶な中身

同時に、三池淵市の安全部(警察署)は、住民登録調査事業を早急に行うように指示を下した。北朝鮮で行方不明事案は、脱北の可能性があるとして政治的問題として取り扱われるが、この一家同様に脱北した者はいないか、確認する作業を行うということだろう。

今回の事案は、朝鮮労働党両江道委員会にまで報告されたが、住民の生活支援を強化するどころか、「厚かましい民族反逆者の行列を許さず、防ぐためなら無慈悲に撃ち殺してでも、逃走(脱北)を無条件で防げ」と騒ぎ立てているという。

手紙で述べられているように、当局はコンクリート壁に加え、高圧電線を国境線に設置してまで、脱北と密輸を防ごうと躍起になっている。それだけに、脱北者の大量発生をみすみす許してしまえば、党委員会幹部のクビが飛びかねない。騒ぎ立てるのも理解できなくはないが、密輸で生活が成り立っていた地域で、密輸を遮断するのならば、逸走した収入を補って然るべきなのだが。